第129話 お義兄さんと

 その後、私はせっかくの手紙カンペも見ずに――というか、もう本格的に読めなくなっていただけだけど――スピーチをやってのけた。ええ、もう、立派に。それはそれは立派にね。


 あうあう、えぐえぐと泣きながら、ひたすらお父さんお母さんひー君ありがとうを繰り返し、たまにお父さんのサックスが恰好良かっただとか、お母さんのご飯が美味しいだとか、ひー君と一緒にゲームをした思い出だとかを織り交ぜて。


 お母さんと和歌子さん、久美さんはもらい泣きしていた。その他の人達はというと、微笑ましく見守る派とやれやれと呆れながら笑っている派、何がなんだかわかっていない派など、様々に分派し、それでも茶化さずに最後まで聞いてくれていた。


 そんな終始温かな雰囲気だったお食事会は、そろそろお開きの時間を迎えた。


「咲ちゃん、落ち着いたかい?」


 ビールが半分くらい入ったグラスを片手に、頬を赤く染めた康一郎さんがやって来た。


「いやぁ……大変お見苦しいところをお見せしまして……」


 私はアイスティーのグラスを持ち上げて会釈する。食べ物は外注だが、飲み物はもちろんここのマスターさんが頑張ってくれたのだった。


「いやいや、花嫁さんはね、やっぱりあれくらいは泣いちゃうもんだよ。ウチの久美もね、普段はあんな感じだけど、式の時はやっぱり結構泣いてねぇ」

「そうなんですね」


 とこっそり指を差した方向にはどうやら意気投合しちゃったらしい山口と大口を開けて笑っている久美さんがいた。


「でもねぇ、何ていうか、だからこそ頑張んなきゃって思うわけよ、男としては」

「だからこそ、ですか?」

「そうさ。こんなに泣いちゃうくらい大好きな家族と離れて、俺と一緒になってくれるんだからさ、そりゃあ嬉し泣き以外の涙は流させたくないじゃないか」


 康一郎さんは頬だけじゃなく、顔全部を真っ赤にしながらそんなことを言った。これは絶対お酒のせいじゃないけど、そういうことにしておこう。


「だから、健次郎――」


 康一郎さんは赤くなりすぎた顔を私から背けるように身体を捻り、健次君の方を向いた。ビシッと人差し指を彼の鼻の頭に突き付けて。


「お前もなぁ、人前に出るのが苦手とかどうとか言ってないで、ばんばんテレビとかに出ろよぉ。俺も知らないような人の後ろでばっかり叩きやがってさぁ」


 口を尖らせながらそんなことをぐちぐちと言われ、健次君は少し面食らったような顔をした。

 というフレーズが引っ掛かる。もしかして康一郎さんは少し寂しいのかもしれない。弟の活躍を応援したくても、テレビに出るようなメジャーな人達じゃないから、追い掛けるのが難しい、というか。それはわかる。正直私も最初は難しかった、というか、見つけるのが大変だったもの。

 恐らく健次君の性格上、「今度○○のライブ出るから」なんてことも言わないんだろう。


「……兄キ酔ってんなぁ」


 健次君はぽつりと言った。参った、と顎を擦る。


「咲ちゃんも!」

「――わっ、私ですか?」

「おい馬鹿兄キ、咲に絡むなよ」

「良いじゃないか、こういう時くらい。ねぇ、咲ちゃんだってさ、健次郎が有名になってくれた方が良いだろ?」

「だから、俺達の仕事は――」

「テレビとかにも出たりしてさ。そういう方がわかりやすくて良いじゃない。ねぇ?」

「聞いてるか、兄キ? あのなぁ――」

「流行りのアイドルとかさぁ。まぁ、アイドルじゃなくても、バンドでも良いんだけど、ほら、せめてさぁ、もっとライトなやつっていうの? ウチの子達も聞けるようなさぁ。ていうか、何ならサポートじゃなくて正規メンバーになったりしてだなぁ」

「敬はもう良いだろ、激しいやつ聞いたってよぉ」

「うるさい。俺はいま咲ちゃんに話してるんだ。俺よりでかくて可愛くない弟は引っ込んでろ」

「俺の話じゃねぇの?」

「……健次君、私は大丈夫だから」


 完全に絡まれた形になっているが、私はまだこういう時の上手いかわし方を知らない。しかし私には康一郎さんが健次君が言うほど酔っているようには見えなかった。

 だから――、


「康一郎さん、康一郎さんの言うこともよぉーっくわかります、私」

「咲?」


 だからあえて、直球で受け止めてみることにした。

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