第128話 本気orジョーク

 いやいやいやいや!


 きっ、聞いてない!

 私聞いてない!


 お母さん?! お母さん知ってた?

 あぁ、お母さんめっちゃ嬉しそう。駄目だこれ、絶対知ってる。

 ひー君は? ああ良かった、ひー君は私と同じ反応だ……。目まんまるくして口ぽっかり開けてる。


 ――じゃなくて!


 おっ、お父さん、なんかめっちゃ上手いんですけど??!!


 4人が演奏したのはどこかで聞いたことがあるようなジャズの曲だった。曲の名前は確か『Take Five』とかって言ってたと思う。


 知らなかった。

 お父さんって楽器出来るんだ。

 知らなかった。

 お父さんってあんな風に笑うんだ。

 知らなかったよ、私……。


 

 演奏が終わると、父は誰よりも早く頭を下げた。

 その後に晶君、そして、健次君と湖上さんはそれを見届けてから何やら満足気に視線を合わせた後でゆっくりと深い礼をした。


「ありがとうございました。えぇと一応許可をいただいてますんで、お話しますと、これを提案したのはこちらの――直矢さんです」


 そう紹介されると、父は恥ずかしいのか視線を左右に泳がせつつ一歩前に出た。湖上さんが小さく拍手をすると、それにつられて出席者が大きな拍手をする。


「ここから先は――、ご自分でお話になりますか?」


 そう振ったのは、湖上さんだった。父は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻り小さく頷いた。


「お聞き苦しい部分もあったかと思いますが、最後までお聞きくださり、ありがとうございます。サックスこれは学生の時分に少々かじったことがあったのですが、この年になってまた一から学び直すつもりで始めました。健次郎君がプロの奏者と聞き、いつかこのように一緒に演奏出来たらなどと分も弁えずにお願いしてしまったところ、快く承諾してくれたというわけです。私は昔から仕事仕事で家を空けることも多く、子ども達は妻に任せきりでした。膝を付き合わせて会話をすることなど年に2、3回程度でしたし、何を考えているかわからないような、堅物親父、あるいは感情のないロボットと思われているのでは、と思います」


 そこで一度区切ると、大袈裟すぎるジョークだろうと好意的にとってくれたらしい長田家のテーブルから温かな笑いが起こった。


 違いますよ、皆さん。結構ガチな話です。年2回を下回る年もありましたからね、実際のところ。まぁ、ロボットとまでは思って……うん、まぁ、思春期の頃は、ちょっと。


「娘の晴れの席というこの場で演奏させてもらったのは、もちろん祝いの意味もありますが、もう一つ、私にもまたこのような――人間らしい一面があるのだということを子ども達にも教えたかったのです。そして、練習として度々彼――健次郎君に付き合ってもらったのですが、その中で彼のことを深く知りました。成る程、彼は娘が惚れるような素晴らしい青年であります」


 そう言って、父は健次君の方を向いた。いきなり矛先を向けられた健次君は相当驚いたようでびくりと身体を震わせた。その衝撃でか、シンバルもわずかに震えた。


「彼が大きいのは身体だけではありません。精神面の器についても相応に大きく、その大きな器の中には人が持ち得て当たり前――と、何かと世知辛い昨今では言えなくなってしまった優しさであるとか道徳心、正義感、責任感、といったものがぎゅうぎゅうに詰まっているのです。正直なところ、なぜ彼のような青年がいまのいままで独身を貫いてこられたのか不思議でなりませんでしたが――」


 真顔で話しているせいでジョークなのか本気なのかはわからないが、声を出して笑っている長田家の皆さんはやはり前者ととらえているようだった。高町家の方ではもちろん後者だと思っているようで誰一人笑っていないけど。


「きっと娘と出会うために待っていてくれたのだと、私はそう思います」

 

 父はそう言い、「本当にありがとう」と結んで健次君に向かって頭を下げた。父の目は真っ赤になっていた。それは健次君も同様だった。


 最初の一人が手を打ち鳴らすと、それに釣られて拍手が起こる。その最初の一人は母だった。

 そして私はというと――、


 ぎょっとした顔をした山口が箱ティッシュとメイクポーチを持って走ってくるほどに号泣していた。

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