第126話 好きなように
年が明け、私の20歳の誕生日である1999年の3月29日、私達は婚姻届を提出して夫婦になった。
式はどうするか、という話はどちらの家でも聞かれたのだが、どちらの親も、絶対に挙げろとも挙げるな(さすがにそれはレアケースだと思うけど)とも言わなかった。
「2人の好きなようにしなさい」
父親達と母親達は揃ってそう言ったのだ。
――で、現在、その『好きなように』が詰まった、割と盛大なお食事会を開催中というわけである。
私はウェディングドレスをイメージしたエンパイアラインのドレスを着ている。裾は完全に床にはつかないデザインで、胸の下に付いている大きな薔薇のコサージュに一目惚れしてしまったのである。
健次君は、「アンタ咲ちゃんがドレス来てんだから!」と和歌子さんと久美さんに無理やり白いタキシードを着させられている。髪もきちんとオールバックにして一つに結われており、何だか王子様みたい。湖上さんは「よくオッさんのサイズあったな」と感心していた。
私も健次君もあまり大人数でわいわいと、というのが苦手なので、それぞれの家族や親しい友人のみを招待するという形をとった。場所は、健次君の強い希望で『Take Five』という名前の小ぢんまりとしたバーである。
どうやらここが健次君とお父さんの思い出の場所というか、まぁ、そういうところらしい。ウチに挨拶に来た日の夜、ここで語らっただけではあるんだけど。
結婚の披露宴とすれば少人数なんだろうけど、それでもここの規模で見ればそれなりの人数であるため、料理は外注になった。近所でも割と評判のフレンチだったり中華だったり、それからお母さんの手料理なんかもあったりして、気取らない感じがちょうど良い。快く受けてくださったマスターにはもう本当に感謝しかない。
式次第なんていうもの正直なかった。
司会を買って出てくれた湖上さんの進行で最初に健次君のお父さん――大樹さんが軽く挨拶をし、後は終始歓談、ということになっている。余興も何も無い。それでも終盤になれば健次君が挨拶をして、それで、たぶん、私も何かしゃべるんだろうな――って。
いや、しゃべるっていうか。
何ていうの、その、花嫁の手紙ってやつですよね。お父さんお母さんいままでありがとう的なさ。
私、ああいうの弱いんだよなぁ。
もー、泣く。
500%泣くから。何ならもういまから泣きそうだからね。
別に、手紙を書け、そして朗読しろ、なんて言われてないのよ? ただ、「咲も何か一言くらいしゃべっとけ」って言われたからね、うん、そうだねーって。
だけど私アドリブなんて利かない方だからね、その、カンペ? カンペ的な?
昨日うんうん唸りながら、ていうか、めそめそ泣きながら書きました。書きましたとも。
それが、いま、ここにあるわけです。
ちゃんと持ってます。
握り締めてます。
手汗でちょっと湿ってます。
さっきちらっと確認してみたら、字もちょっと滲んでました。
あー、もぉ、嫌だなぁ嫌だなぁ。
「――咲? 大丈夫か?」
さんざん飲み尽くし食べ尽くした会場内は、ほんの少し賑やかさがトーンダウンしている。そろそろなのだ。そろそろお開きの時間に差し掛かってるのだ。
「トイレならいまのうちに済ませておけよ」
「だ、大丈夫。さっき行って来た」
つい拳に力が入る。
既にしわしわになっている手紙はより一層悲惨なことになった。これって確か最終的に両親に渡すんじゃなかったっけ?
いまさらそれに気付き、私はテーブルの上で慌ててそれを伸ばした。
なっ、何とか、それなりの形にはしておかないと!
「……咲、こっからとっておきな」
「――え?」
必死に手でアイロンをかけている私に小声でそう囁いた後、健次君はすっくと立ち上がった。
あぁ、そうか、もう始まるのか。
せっかく新郎が挨拶をするのに、新婦がこんな不審な動きしてたら駄目よね。そう思って背筋をぴんと伸ばす。
「――あれ?」
予定では健次君はその場に立って話すはずだった。
それなのに彼はすたすたと奥の方へと歩いていってしまった。
私、何も聞いてないんですけど。
ここに座ってて良いのかな。それとも私もそっち行った方が良いのかな。
どうしよう、と思って少し腰を浮かせた。
それを制したのは湖上さんだった。
「まぁまぁ咲ちゃんは座ってな。こっからとっておきだから」
とっておき。
さっき健次君も確かにそう言っていた。
こっからとっておきな、と。
一体何が始まるのだろう。
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