ふくふく系女子、幸せになる
第125話 トントン拍子
「トントン拍子よね」
紺色のドレスを着た山口が、ぽつりと言う。
私達はお互いのグラスを軽く重ねてから、ほぼ同時にそのシャンパン――とはいってもノンアルコールだけど――を飲んだ。
「トントン拍子……ではなかったけどね、当事者としては」
「傍から見りゃ、トントンもトントン、スーパートントン拍子だから。あーでも安心して、この場合のトントンって、『豚』の字は当てないから」
「酷い! いきなり酷い、山口! ここ一応おめでたい席だから!」
「だから当てないって言ってんじゃんか」
いつもの3倍は確実に美人な山口は不服そうに口を尖らせた。そんなスーパー美女をあの人――湖上さんが放っておくはずもなく、彼はビールのグラスを片手にへらへらとやって来た。
「まぁまぁ美人さんよ、あんまりいじめてくれるな」
「出た、派手ベース先輩。高町……じゃないのか、咲、この人の名前なんだっけ」
「そろそろ覚えてよ山口。この人は――」
「俺ね、湖上勇助。コガさんって呼んでちょ。まぁ、咲ちゃんみてぇに『勇助君』でも良いけどぉ~」
「へぇー、咲、そうなんだ」
山口は何だか意味ありげな不敵な笑みを浮かべて目を細めた。
――いっ、いやいやいやいや!
「よっ、呼んでないよ!? いままで一回も呼んだことありませんけど!!?」
思わず立ち上がって否定すると、山口は「わかってるから座りな」と冷めた声で着席を促してきた。
髪の毛もメイクもばーっちりのハイパー美人モードなもんだから迫力だって3倍ですよ(当社比)! 座ります、座りますから、ハイ……。
「ちぇー。どさくさ紛れで呼んでもらおうと思ったのによぉ」
湖上さんは何だかとても残念そうに肩を竦めている。
良いじゃないですか、別に。このままずーっと『湖上さん』で。
「だってよお、おかしくねぇ? オッさんが『健次君』なんだぞ? 俺、オッさんより年下なんだぞ? まぁ、つまりあれだ、何かもう義理の弟みてぇなポジションだろうがよ。ってことは、だ。俺だって『勇助君』って呼ばれるのが筋だろうがよ」
なぁ、アキ、と少し離れたテーブルで静かにソフトドリンクを飲んでいる晶君に同意を求めるも、どうやら彼女の耳に湖上さんの声は届いていなかったらしい。「すみません、もう一度お願いします」と真正面から聞き返され、彼は少々その勢いを失ったようである。
「――だからなぁ、ええっと、うん、まぁ良いけどよぉ」
面倒くさくなったのか、はたまた恥ずかしくなったのかはわからないが、湖上さんはぼそぼそとそう言って、中途半端に話を畳んだ。
「ごめんなさい、咲さん。ウチの『父』が」
静かに
「嬉しいのと悔しいのと寂しいのと、きっと色々混ざってるんですよ」
「嬉しいのと悔しいのと寂しいの? そんなにたくさん?」
「湖上さんはずっと長田さんが独身なのを気にしてたから、咲さんと結婚することになってすごく嬉しいんです、絶対」
「あははー、何か照れる~」
「茶化すな馬鹿たれ」
「ばっ! 馬鹿って言ったぁ!」
さすがに叩かれはしなかったけど、うん、これ、学校だったら確実にぱこんとやられてる。
郁ちゃんはというと、そんな私達の掛け合いにただ笑っていた。
「でも、自分はホラ、いつまでも忘れられない人がいるでしょう? 本当は自分だってその人と――は叶いませんけど、一緒にいたいのにっていう悔しさだったり、後はもう単純に親友がしばらくは奥さんにべったりになっちゃうだろうっていう寂しさですかね」
「おっ……奥さん……!」
「どうした、咲。あんたもう奥さんなんでしょ? 婚姻届出して来たんでしょうが」
「出……して来たけどさぁ~。まだ全然実感なんか湧かないよぉ」
「慣れる慣れる」
「簡単にいうんだから、山口は!」
もう! と頬を膨らませると、彼女はそれを指でぷすりと突いた。
この日のために――私達のためにととびきりのアートが施されている宝石のようなその爪が本当は少し痛かったけど。
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