第99話 好きだなぁ

 それから私達はまたぽつぽつと話しながら帰り道を走った。

 長田さんが候補として挙げてくれた3つのお店はそのどれもが県境にあり、往復の時間もそれなりだったので、なかなかのドライブである。


「なぁ、高町さん」

「はい、何でしょうか」

「すっげぇ眠いだろ」

「いえ! ぜっ、全然!」

「だはは。満腹だもんなぁ、それは嘘だな。寝てて良いから」

「うぅ……。出来るだけ頑張りますから……」

「そうかそうか。出来るだけ頑張ってくれ。寝たらこっそりルート外れてやる」

「……!!? そんな!」

「うそうそ。ちゃんと送り届けるから、安心して寝なさい」

 

 不意に飛び出す柔らかい口調にどきりとする。

 その優しい声に背中を押された訳ではないと思うんだけど、急に睡魔が襲い掛かってきた。


 でも、もったいない。

 もっとたくさんお話ししたい。

 大好きなその声を聞いていたい。

 時間が止まれば良いのに。

 そしたらちょっとだけ仮眠とって、しゃっきり起きて、このドライブを楽しめるのになぁ……。


「……成る程、その手があったな」


 そんな声が聞こえたような気がしたけれども、その手がどの手なのかを確かめることも出来ず、私の意識は途切れた。



………………

…………

……


 静かすぎて目が覚めた。

 うるさい方が寝られるとか、そういうわけじゃないけど。

 何だか本当に静かすぎて。

 エンジンはかかっていたが、どこかで見たことのあるような公園の脇に停車しており、BGMも止められていた。


 いつの間にか、膝の上にはブランケットがかけられている。隣を見ると、長田さんも少しだけリクライニングを倒して眠っていた。腕を組み、少しだけ顔をこちらに向けて。


 寝ている顔も素敵すぎる。

 意外と睫毛長いのね。

 寝てる時も眉毛が凛々しい。


 普段はじっくりと見られないそのお顔を充分に堪能する。


 好きだなぁ。


 好きだなぁ、この人のこと。


 ファンって立場にしてはかなり優遇されているのはわかってる。普通ならこんなこと有り得ないんだから。一緒にご飯とかドライブとか。ましてや寝顔を拝ませていただくなんて。


 好きだなぁ。


 好きだけど、届かないなぁ。

 いま、こんなにも近くにいるのに。

 触れられる距離にいるのに。


「好きです、あなたのことが」


 その寝息が深そうなことを確認して、ふと、そんな言葉を吐いてみる。

 

 この気持ちを伝えてしまったら、いまの関係は間違いなく崩れてしまうだろう。

 一ファンに戻れれば御の字。最悪の場合、『気持ち悪い』なんて言われちゃったりして、ファンを辞めてくれ、ってのも有り得るかも。


 だから、伝えるわけにはいかない。


 あーでも、お願いしたら下の名前で呼ぶくらいはしてくれたり……しないかな、なぁんて。


 せっかくだから、もうちょっと間近でじっくりと、と顔を近付ける。

 

 スッと通った鼻筋を指でなぞりたい衝動に駆られ、慌てて右手を引っ込めた。もうほとんど無意識のうちに人差し指準備してたよ! あっぶな!


 いやー、ほんと、この睫毛の長さ、悔しいっ!

 少し分けてほしいくらいですよ、まったく。


 なんて、むーむーと唸りながらそのご尊顔をガン見していた。

 あともうちょっと、あともうちょっとだけ見たら起こすから。

 そんなことを思いつつ。


 時折鼻がぴくりと動いたり、瞼の下で眼球が動いたりして。そんなところもあー可愛いなんて思ったり。そんな自然な動きの中でゆっくりとその瞼が開かれた時も、私は何だか夢見心地だった。現実味が無さすぎて、マジックミラー越しに見ているような気分、っていうのかな、私のことは一切見えてない気になってたのだ。 


「……あんまり近ぇとさすがに恥ずかしいんだけど、俺」


 ばっちりと視線を合わせた長田さんがそう言ってくるまでは。



 

 

 

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