第96話 祝って下さい

「高町さん、眠そうだな」

「――いっ! いえいえ! まさかまさかそんな!」


 結局、レポートが出来上がったのは深夜で、そこから仮眠のようなものをとり、寝ぼけ眼をこすったり、頬っぺたをひっぱたいたりしながら授業を受け、そして、いまに至るというわけだ。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ眠たいです。何やってんだ、私。


「眠かったら寝てて良いからな。目的地までちょい離れてっから」

「そんな! 起きてます! 大丈夫ですよ!」

「いーや? いやいやいやいや。俺の運転、安心して寝られるって定評あるんだぜ? コガなんてまー10分で落ちるな」

「それは早すぎのような……」

「ふはは。あいつにとっちゃーゆりかごみてぇなもんだからな」

「ゆりかご……。随分大きい赤ちゃんですねぇ」

「おーおー、マジで手のかかる赤ちゃんだぞ、あいつは」


 高井戸駅まで迎えに来てくれた長田さんは、私の恰好を見ると「そう来たか」とだけ言って何やらうんうんと頷いた。そして、コンビニに寄って各々の飲み物やら飴やらを買い、再び車を走らせている。


『今日の候補は3つある』


 お昼頃に届いたメールにはそう書かれていた。


 1つめは、最近出来たばかりの鉄板焼屋さん。海鮮メニューが絶品らしい。

 2つめは、ご家族で経営しているらしい石窯ピザのお店。ご夫婦がピザを焼き、昨年パティシエになったのだという息子さんがスイーツを作るんだって。いまやそっちのスイーツを目当てに訪れるというリピーターも多いのだとか。

 3つめは前回のようなビュッフェスタイルのレストラン。ただし、料理はもちろん、飲み物やデザートに至るまですべてが『和』! ということは、かーなーりーヘルシー。たくさん食べても罪悪感がない……はず。


 正直、『ヘルシー』とか言われちゃうとそっちに惹かれちゃう私なんだけど、メインのピザを差し置いてリピーターを獲得しちゃうっていう息子さんの魅惑のスイーツも大いに気になる。


 でも、ヘルシー。いや、海鮮っていうのもやっぱり気になるかも。ああでも、魅惑のスイーツ……。


 やはりどこかで聞いたことのあるクラシックをBGMにうんうん唸っていると、隣の席から「ぷ」と息が漏れる音が聞こえた。


「――な、何でしょう」


 隣を見ると、長田さんは必死に笑いをこらえていた。


「面白れぇって思って。なぁ、当ててやろうか、いま高町さんが考えてること」

「わっ、私の?」

「ヘルシーって言われちゃうと和食ビュッフェも気になっちゃうんだけど~、でも、リピーター続出のスイーツも捨てがた~い! ――どうだ?」


 長田さんは片頬を上げ、こちらに視線を送ってきた。

 ちょっ、そんな表情もたまらなく素敵っていうか、ちょっとセクシー? 


 ――っていうか……。


「当たってます……」

「ぐはは。――やっぱりな」

「うう……。正直、決めかねてます」


 それにしても何て底の浅い女なのよ、私。恥ずかしいったらないわ。


「それを踏まえた上で、なんだが。そこに俺の希望もプラスして良いか?」

「プラス? あぁ、もちろんもちろん! ていうか、ぜひ! です!」

「おう、サンキュ。まぁ、最終的には全制覇する気ではいるんだが、俺としてはとりあえずここがなぁ――」


 そう言いながら、サンバイザーに挟んであった紙を抜きとって私に寄越した。


「あのな、ココ、いま限定スイーツやってるんだと」

「げっ、限定っ!?」


 渡された紙を広げてみると、それはホームページから印刷したものらしく、


『祝! ファミリア30年!(お店はまだ3年) 限定スイーツで祝って下さい!』


 と書かれている。


「祝って下さい……?」

「何か変な感じだよな。まぁ、要は、ここのご夫婦がな、結婚して30年らしいんだな。書いてある通り、店自体はまだ3年みたいなんだが、まぁ結構こういうこじつけで祝ってくれ~、楽しんでくれ~、ってやる店らしい」

「成る程。面白いお店ですね」

「だろ? こういう人柄的なところも人気らしい」

「それならもう絶対ここですよ! ここにしましょう!」

「そう来ると思った。そう思って――」


 そこで一度区切り、長田さんはこちらをちらりと見た。


 どくん、と心臓が跳ねる。


「ハナっから、そこに向かって走ってる」


 余裕たっぷりにそう言って、長田さんはカカカと笑った。


 


 

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