ふくふく系女子、お誘いを受ける
◆◆◆ 馬鹿野郎
「おいオッさんてめぇ」
やたらと喧嘩腰な口調の湖上から電話がかかってきたのは、またもかなりの勇気を消費して高町さんに2回目のデートを申し込んだその翌日の夜のことだった。
「何だよ。どうした」
目玉企画である『Qコレ』が終了してしまった今回の凱旋ツアーは、早くも尻つぼみの様相を呈していたが、それは偏にバンドの集客力不足であると断言せざるをえないだろう。――人のせいにすんなって? いやいや、どこの世界にサポート目当てでライブに来るやつが――あぁ、まぁ、いるはいるけども。まぁ、とにかくだ。そこそこ売れてきたからって安易に凱旋ツアーなんか組むなっつーことだな、うん。
そんなことより湖上である。
ヤツは俺が電話に出るなり冒頭の台詞を荒い鼻息と共に吐き出したというわけだった。
「アキが元気ねぇんだけどよぉ」
それだけを聞けばただの『相談』である。目に入れても痛くないほどの可愛い可愛い愛娘が塞いでいたら、そりゃあ心配でたまらないだろう。親友に泣きつきたくなるのも納得だ。ただ、問題は、その原因が何となく俺にあると思われるような、そんな責めるような口調だったという点と、俺の方としてもあながち心当たりが無くもない、という点である。
「お――……、そうか」
「おう」
「まぁ――、でも何だ。それくらいのガキなんざ悩み事の1つや2つあらぁな」
「悩み事ねぇ」
「おうよ。あいつも一応『シシュンキ』ってやつだからな。やれ友達関係だ恋愛だ勉強だって忙しいんだろ」
「ほぉ。あのアキが友達と恋愛と勉強なぁ。へぇー、ほぉー、ほぉ~ん」
「……んだよ」
これは明らかに俺を疑っている。
いや、俺もな? もしかして、っつーのはある。あるんだが、いや、必ずしもそれだとは限らないじゃねぇか。何も自分から暴露することもねぇだろう。
「ふざけんなよオッさんコラ。この俺に隠し事しようなんざ良い度胸じゃねぇか」
「――んだとコガてめぇ」
「いくらオッさんでもな、俺の娘を悲しませることは許さねぇぞ。あのな、良いか。なぁ、良いか。アキがな、部屋にこもっちまって出て来ねぇんだ。
晶が飯も食わずに籠城している、だと?
「――くそ、マジかよ! 馬鹿野郎コガ! 無理やりにでも何か口に突っ込め!」
「うるせぇな。てめぇに言われんでももう食わしたわ、10倍粥。10倍粥ってわかるかコラ。産まれたての赤ん坊が食うやつだ。そんなのから慣らさなくちゃなんねぇほど弱ってたっつーの!」
鼻の奥がつんとする。
瞼を閉じると弱りきった晶の姿が浮かんでくる。華奢な身体を丸めてゆっくりと離乳食のような粥を啜っている姿を。
俺のせいか。
俺のせいだよな。
「……すまん。俺かもしんねぇ」
もう白状する他なかった。
もしかしたら俺じゃないかもしれない、なんてことはどうでも良い。
「やっと認めたな。何したんだてめぇ。内容次第ではいまから殺しに行くからな」
いまから殺しに来る。
恐らく本気なのだろう。こいつの娘達への愛は尋常ではないのだ。
「何もしてねぇ、と思う。マジで。俺は」
「――あぁん? どういうことだゴラァ」
「俺は何もしてねぇ。ただ、友里恵がいた。昔みてぇに腕を絡ませてきたんだ。もちろん振りほどいたが――弁明の余地も与えてもらえなかった」
情けねぇと思いつつぼそぼそと吐き出すと、湖上は途中途中で「はぁ?」という相づちを挟みつつも一応最後まで聞いてくれた。
「友里恵ちゃんはゲストなんだから別便だって聞いたぞ俺」
「俺だって。誰がどう手を回したんだか知らねぇがな、御丁寧に席まで隣にしやがった」
「何だそれ」
「だから知らねぇって。でもな、あいつこの仕事受けたのは俺がいたからだって言ってたし、ヨリを戻さねぇかとも言われた」
「オッさんよぉ」
「するか馬鹿野郎。俺はな――」
俺は、高町さんが良い。
別に叶わなくても良い。
この先ずっと独り身でも良い。
友人としてでも、あの娘の近くにいられりゃそれで。
「たかまっちゃんだろ?」
「……あぁ?」
「否定すんじゃねぇぞタコ助。この俺様に隠し事なんざ100年早ぇってんだ」
「お前の方が年下だろ」
「うるせぇ関係あるかヘタレ野郎。とっととくっついちまえよ面倒くせぇ」
「うるせぇのはてめぇだ」
威勢よく返したは良いが、その後が続かない。そう簡単にくっつけるもんならとっととしてらぁ。
「あんまり女を悲しませるんじゃねぇぞ」
「わかってるわ」
「わかってねぇ。この女っつーのが誰かもわからねぇやつにゃわからねぇよ」
「あぁん? アキのことだろ? 俺だってそれくらい――」
「違うわ。馬鹿が」
呆れたようなその声を最後に、通話は一方的に切られた。
はぁ? さっきまで晶の話してたじゃねぇか。
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