第94話 おやすみなさい
「……あのさ、ツアーなんだけど」
長田さんは急にトーンを落として話し始めた。
「……? はい」
「諸々全部終わって帰るのがな、14日なんだわ。えーっと、木曜日か」
「そうなんですね」
何だ何だ? 長田さん何を言いたいんだ? ツアーの予定をお知らせしたかったのかな? いやー、さすがの私でも現在の懐事情では九州まで追いかけるのは正直きつかったり……なんですけど。
「そんで、電車で博多まで行って、最後バス乗って帰るわけだ」
「そうでしたね。最後バスって結構な長旅になるんじゃないですか?」
「んあー、そうなるな。まぁでも嫌いじゃねぇんだよ、そういうの」
「だったら良かったです。駅弁とか景色なんかも楽しみだったりしますしね」
「そう、それな。あぁえっと、そうじゃなくてだな」
そう言ったきり、長田さんは「んー」とか「うぅ」としか言わなくなってしまった。
何だ何だ? どうしちゃったんですか、長田さん!?
「あの――……?」
「――っあぁ! 悪い! もうこんな時間なのにな」
「いえ、私は全然大丈夫なんですけど、あの、長田さん、何か御用があったりしたんじゃないですか?」
そうだよ。用でもなけりゃこんな時間にかけ直したりなんかしないよね。
「用……。用、なぁ。まぁ、うん、そうなんだよなぁ」
「えぇと、何でしょうか?」
「う――……。あぁ、えっとなぁ、その……なんだ。その……ソッチに着くのは朝なんだがな」
「……? はい」
「ツアー明けは基本休みがもらえるんだ、ウチ」
「へぇー。良いですねぇ」
「まぁ、よっぽど立て込んでなけりゃな。それで、だ。もし高町さんの都合が合えば、なんだが――」
「私? えぇと、木曜ですか? ――あぁ、その日はバイトが……」
「いや、14日の夜に乗って日を跨ぐから金曜」
「あぁ、金曜ですか。金曜なら学校だけです。空いてます。空いてます……けど?」
もしかしてデートのお誘い?
お誘いなんですか? 誘っていただけるんでしょうか、私?!
いや、ていうか『デート』なんておこがましいこと言っちゃって良いんですかぁっ?!
「また……飯、行かねぇ?」
長田さんはなぜかモゴモゴとそう言った。
モー2つ返事でOKに決まってますよ、そんなの!
「も、もちろんですっ! 行きますっ! 行きたいですっ!」
だから、鼻息荒くそう返事してやった。ちょっとどもってしまったのは、気持ちに身体がついていけなかったからだろう。
「ぅおっ……! 元気良いなぁ高町さん」
「えぇっ。いえ、あの、それだけが取り柄というか……。あはは……」
「いや、元気が一番だからな。良いことだ。こっちまで元気になる」
「そう言ってもらえると嬉しいです。私なんかの元気で良ければ、いくらでもお分けしますから」
「なんかじゃねぇよ。助けられてる、割とマジで」
「そ、そうですか……? ちょっと照れます、私」
いやほんとにこれだけが取り柄ですから!
いつだったかインフルエンザが流行りまくって学校閉鎖になって家族全員ダウンした時だって、私だけピンピンしてたから! これすごくない?
「でも、良いのか?」
「え? 何か問題ありますか? ていうか、その日の朝に帰って来るんですよね? むしろ長田さんが大丈夫ですか?」
「いや、俺は全然。高町さんが良いなら」
「私も全然です。嬉しいです」
「そ……うなのか? ま、まぁそれなら。とりあえずまた連絡するわ。夜遅くに悪かったな」
「いえ、大丈夫です。長田さん、明日も頑張ってくださいね。行けなくて本当に残念です」
「そうだな。そういや最前に高町さんがいねぇライブなんて久し振りだ。そうか、いまいち乗らねぇのはそのせいか。――なんてな」
「あはは。またまたぁ。コッチ戻って来たら、次のライブは必ず行きますから」
「おう。楽しみにしてる。そんじゃおやすみ」
「おやすみなさい」
ぽふ、と後方に倒れる。
お誘いだった……。デート、否、お食事の……。
これはかなり舞い上がっちゃうよ、私。
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