第12話 八方ふさがり

 それから1週間。

 正直私は疲弊しまくっている。

 何せ八方ふさがりなのだ。


 相変わらず湖上さんはちょいちょいスプレってはくれるものの、やれ、どこそこのラーメンが美味かっただの、天ぷらの衣がどうだのってのばっかりなのである。

 たまにライブの打ち上げの様子なんかもあげてくれはするのだが、酔いの回った自分の赤ら顔ばかりだ。そりゃあアナタのファンからすりゃ垂涎もののお宝画像なんでしょーけどもっ。


 でもね、それじゃ困るんです。


 っていうかね、どーして事後報告なのかなぁ。

 たまには『何月何日にライブ出るから来てねぇ~!』みたいなのもお願いしますよ!


 いや、まぁ確かに何回かはあったけどさ。

 ちゃーんと教えてくれたけどさ。

 でも、その時はどうしても落とせないテストの前日だったんだもん!

 これで評価下がったら、バイトに呼んでもらえなくなっちゃうし……、ってことで泣く泣く断念しちゃったんだよねぇ。おかげさまで何とかそれなりの結果にはなったけれども。

 

 あぁもどかしい。

 もう一回あなたのドラムを聞きたいよ、バルトさん……。


 彼への想いが私を動かしていた。

 

 会いたい。聞きたい。

 欲を言えば、お話なんかもしてみたい。

 私のことを覚えてもらいたい。

 

 ほんの少しでも気を抜くと、本当にもうそればっかり。


 目を閉じると浮かんでくる、あの鬼のような荒々しい姿はまだ瞼の裏に焼きついている。

 でも、そうだな。もし、プライベートでばったり出くわしたとして、私は彼に気付けるんだろうか。

 

 どうする、どうする?

 プライベートは全ッ然違う感じで、『THE・草食系!』だったら!


 うーん、まぁ、それでもアリ、かなぁ。



 例の看護助手のバイトである。

 私は、30分休憩を5分残し、紙パックのジュースを丁寧に畳んでから、後半の業務に入る前にトイレを済ませてしまおうと、休憩室を出た。


 私が助手として働かせてもらっているのは『高清水こどもクリニック』という個人病院である。院長の高清水先生がどうやらウチの学長の元教え子なんだとか。


 淡いピンクを基調とした院内は、下は生後数ヶ月の赤ちゃんから、上はまだまだ制服に感じが初々しい中学生でいつもそれなりに混雑している。


 私達学生アルバイトは、待合室担当と処置室担当のいずれかに割り振られる。

 前者は訪れた患者さんに問診票と体温計を手渡したり、キッズスペースの整頓。後は、患者さんの負担にならない程度にコミュニケーションをとったり。緊張を和らげることはもちろんだが、待ち時間が長くて退屈している小さな患者さんに絵本を読んであげたりなんていうことをしたりもする。

 後者の処置室担当は、器具を手渡したり、先輩ナースの指示に従って、人によっては結構な大役を任されたりもしているらしいのだが、それは私のような1年生にはまださせてもらえない。だからもちろん今日も待合室担当の高町さんとして、問診票が挟まったクリップボードを片手に、受付の辺りで笑顔を貼り付けながら立っていた。


 いまのところ、体調が悪化しているような患者さんはなし。


 母親にもたれかかるようにしてしんどそうにしている女の子はいるけれども、これくらいなら医師せんせいに報告するほどではない。一応、受付に座っている事務さんにも目配せしてみるが、彼女も困ったような顔をして首を横に振った。


『可哀相だけど、もう少し待ってもらって』

 

 その目はそう語っていた。

 

 そうですよね。辛いのはみんな同じなんだもん。もう少しだからね。


 そんなことを考えてた。

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