第3話 荒い癖に繊細とか!

 ライブは最高だった……と思う。


 私は帰りの電車の中で腕を組み、首を傾げていた。山口はというと隣でぐうぐうといびきをかいている。よだれまでたらしちゃってモー。周りの目なんか気にしない。山口はそういうやつじゃないのだ。


 BULLETSのライブはいつもどおりの爆音でスタートした。

 いつもどおりにきっついライトがメンバーの後ろから当たる。逆光でシルエットのみしか見えない状態である。目がくらみ、爆音で耳がやられる。

 視覚と聴覚を一度ぐわんぐわんに揺さぶられると、何だか思考を全部持っていかれる気がする。

 だから私は彼らのライブのスタート時はいつも呆然としている。

 そして徐々に感覚を取り戻し、気付けばほとんど無意識にぴょんぴょんと飛び跳ね、頭をガンガンに振っている。これがいつもの流れだったのだ。


 ――だったのだ。


 いつものように光を背負ったメンバーが現れる。

 耳をつんざくようなT・TのギターリフとKATSUKI君のシャウト。あぁ、これは『let me free!』だ。


 何だか今日は一段とアガる。

 最初はそう思った。


 徐々に目が慣れて、いつものように翌日の筋肉痛のことなんかすっかり忘れてその場で飛び始めた頃だった。


 ――あれ?


 おかしいなって思った。

 今日のKIYO-Cキヨシさん、何かデカくない? って。


「ねぇねぇ今日のKIYO-Cさんデカくない?」


 同じように隣で弾んでいる山口に問い掛ける。

 山口は「あぁん?」と眉をしかめて「あたしこっちに集中したいんだけど」と言わんばかりの形相である。


 すまんす、すまんす。

 そうだったね、山口この曲一番のお気に入りだもんね。

 マジすまんかった。


 でもさぁ、気になるんだよ。

 だってさぁ、もう私の目は完全に捉えてしまったのよ、を。


 言い過ぎかもだけど、KIYO-Cさんの2.5倍くらいの大男がね、ばっさばっさって長い髪を――って後ろで一つに結ってるにも関わらず、それでもばっさばっさに揺れてるのがわかるってことからその長さを察してほしいんだけど、とにかくもうそんな感じでね、もう何か大騒ぎしてる感じなの。


 大騒ぎ――ってのはかなり語弊がある。

 それはわかってるんだけど。


 でもさ、何て言うんだろう。

 両手両足がそれぞれ全部独立した生き物みたいでさ。まぁそれはドラマーなら当たり前なんだけど。

 そんでもって、それを統率してるはずの頭さえもげちゃうんじゃないの? ってこっちが心配になるくらいの動きしてて、それなのに、だよ。

 それなのに、そんな身体中から奏でられる音は正確かつ繊細。


 どういうことなの?

 あんなに荒々しい癖に! 手元見えてるんですか? そんな状態で!


 っていうか!

 KIYO-Cさんより全然上手くない?


 いや、私、正直ドラムの上手い下手なんてわかんないよ? わかんないけどさ!


 ――で、ですよ。


 めいっぱいはしゃぎ倒して、何なら明日迎え撃つつもりだった筋肉痛さんが、「いやぁどーもどーも。ちょっと早めに着いちゃったんですけど、良いすか?」何つってヘラヘラペコペコしながら、時間指定よりも早く来ちゃった宅配業者かよ! ってな感じで現在私の全身に居座ってくれてるわけだけど。


 おかしいんだって。


 ライブの後って気持ちはすっきりするけど身体はくたくたなのに、今日は身体も何かすっきりしてんの。

 いや、痛いは痛いんだけどね。ンモーふくらはぎとか最悪よ。


 何でだろう。


 何でだろうって、首を傾げつつ、私は帰路についたわけだ。

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