第2話 誰もが私をあだ名で呼ぶ
そういえばそもそも、私のことを咲という名前で呼ぶ人なんて家族以外にはほぼいない。
『咲ちゃん』やら『さっちゃん』よりも『たかまっちゃん』の方が呼びやすいし、私に似合っているらしい。それまでさっちゃんと呼ばれていたのに、小学校3年生のクラス替えで、やたらと声の大きな男子が言ったのだ。
「え~? 高町って、咲って名前なのかよ。似っ合わねぇ~! たかまっちゃんって呼ぼうぜ、みんな!」
そんな彼の何気ない一言が、まさかここまで尾を引くとは思わなかった。
それなのに、なぜか当の男子はというと、2人きりになると私のことを『咲』と呼んだ。自分だけが呼びたかったのだと気付いたのは、彼が翌年に転校してからだった。
まぁ確かに『たかまっちゃん』というのはなかなか語感が良いとは思う。勢いがあって、明朗快活な感じもする。家族からも似合うというお褒めの言葉もいただいた。
それで何となく、自己紹介の段になると、自分からそう言ってた。「高町咲です。小学校からのあだ名は『たかまっちゃん』です」と。
だって、それ以外にわざわざ紹介するようなものがないんだもん。
漢検3級? 英検3級?
うーん、さすがに2級保持者がたくさんいたからねぇ、声高にアピールするほどの特技でもないよね。あとはねぇ、うーんと、跳び箱は5段跳べるよ、一応ね。うん、これもダメだよね。わかってた。
ずるずるずるずるそうやって来た。
いまではむしろ、家族以外の声で『咲』と呼ばれる方が違和感。
私はきっとこれからも高町であり、たかまっちゃんなのだ。
いや、でも結婚したらどうするのかな?
さすがに旦那になる人は、私のことを咲と呼んでくれるだろう。
まぁ、そんな奇特な人が現れれば、ですけど。
山口と連れ立ってやって来たのは、小さなライブハウスだ。
ここは、私の日々溜まった汚れを排出し、きれいにするところである。
なんて断言しちゃうのは失礼だってわかってるけどね。
美容室でもない。エステでもない。もちろんジムなんかでもない。
髪なんて、そんなこじゃれたトコに行かなくたって、行きつけのオバちゃん美容室で充分!
エステ? はっはっはー、こちとら天下のピチピチ10代! そんなもの必要ないなーいっ! しかも3月29日生まれだからねぇ、同級生の中でも若いんだぞぉ!
そんでもって、何? ジム? どうしてわざわざお金払って苦しい思いしなくちゃなんないわけ? ……まぁ、確かにちょっとぽっちゃりかもしれないけど、それはホラ、女子目線でのぽっちゃりだから! 女子ってそういうの厳しいから! これくらいのぷにぷに感がオトコノコ的にはちょうど良いって言うしね!
そんなわけで。
私はちょいちょいとこのライブハウスに足を運んでいるのである。
お目当ては『
メンバー構成はヴォーカルのKATSUKI君、ギターのT・T、キーボードの田島っちで、ライブ時にはサポートとしてベースとドラムが入る。サポートの人はだいたい2、3人いて、その時その時のスケジュールが空いてる人が入るらしいんだけど、最近はほぼメンバーって言っても良いくらい固定になっている。ベースの
「今日もすごい混みようだね。さすがメジャー一発目」
「ね。ここまでになっちゃうと、何だか遠い存在だわぁ……」
「最初の頃はガラガラだったのにね」
「私達、先見の明があるんじゃない? ウヒヒ」
開演をいまかいまかと待ちわびる人達に押しつぶされそうになりながら、私と山口はぐふぐふと笑った。楽しみで仕方がないのだ。
メジャーデビューして初のワンマンライブ。デビューシングルも、同時発売のアルバムも、もちろん買った。予約してるのに、何かの手違いで売られちゃったら困る! って思って、めっちゃ走って買いに行った。そんで、それからいままで、すり切れるんじゃないかってくらい聞いた。
まぁ、アルバムの中にはそのシングルのリミックスやらカップリングやら、何ならインディーズ時の人気曲が入ってたりして、新曲はそんなになかったけどさ。
それでも私達は楽しみすぎて、確実に明日はほっぺたが筋肉痛になるだろうってくらい笑ってた。
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