第5話三嶋夢馬と私の学園祭。
三嶋夢馬。
明るく、負けず嫌い。少し短気で、早口、でも実は我慢強い。
人見知りはしないが、自分と合わないと思った人には、当たり障りなく、普通の態度で接するようにしている。
もっとも、三嶋の持ち物や数々の噂話から、学年中が彼女の独特の思考の事を少なからず知っていた。
夏休みが終わり、9月の初め、学校は学園祭の準備でいっそう賑やかだった。
廊下や教室の外壁には少しずつダンボールやらベニヤ板やらの装飾が施され始めた。
彼女は2年3組だった。
私のクラスは迷路をやることになり、ダンボールや机、椅子でできた大掛かりな迷路に装飾を施し、森の中にいるような世界観を再現する作業に入っていた。
ー中山!ペンキ買い出し行くってよ。行く?
同じクラスの戸田 龍だった。サッカー部、勤勉、爽やかな笑顔。私は戸田が好きだった。
ー行く。ちょっと待って。
廊下で三嶋とすれ違った。
振り返ると、彼女も振り返っていたずらっぽく笑い親指を立てると、くるりと方向を変え、東階段を下っていった。
ー何色のペンキ買うんだっけ。
西階段を降り、下駄箱へと向かっていた。
戸田は呟いて携帯を取り出し、クラスメートに電話をかける。
それまでの部活の話を聞いてる時間、それは戸田のことを好きだということを再認識した時間だった。
ーピンクと、紫?あと白ね。はいはい。
三嶋の好きな色。そう思うと自然と笑みがこぼれた。
ー何笑ってんだよ。
携帯を上着にしまい、戸田も少し笑う。私の好きな笑顔だった。
ー3組何やるの?
三嶋は学園祭準備で遅くなった私を玄関で待っていた。私を見つけると大きく手を振る。彼女の無邪気さは、時々100で、時々0だ。今は100だ、と思った。
「3組カフェなの。ユニコーンオレ!」
聞き覚えのない言葉だった。ユニコーンオレの作り方、ユニコーンオレの甘さ、ユニコーンオレのかわいさ、ユニコーンオレの魅力。
彼女は早口で楽しそうに話した。
ー三嶋が提案したの?珍しいね。
彼女は人に自分の価値観を押し付けるようなタイプではない。話を聞くことはあっても、無理に共感を求められることや、延々と話をされることもなかった。彼女は、空気が読める子だった。
「ちがうよ。クラスの男の子がからかい半分で提案したの。なんかバカにされてる気がして、もうそれで決定しちゃったの。私、今年は学園祭委員だから!」
そう言って彼女は笑った。頬にはパープルのペンキが付いていた。
彼女が負けず嫌いな事はなんとなく知っていた。
翌日の放課後、私は三嶋を迎えに3組へ行った。
教室には三嶋とバスケ部の男子3人しかいなかった。
きっと、ずっと三嶋とバスケ部の男子しかいなかった。
部屋は外の気温の割に涼しかったし、ペンキもはけも、5、6個だけ使われていて、あとは綺麗なままだった。
ー4人でやってるの?
少し驚いたままの声で聞いていた。
「うん、皆いい人なんだけどね、忙しいみたい。」
たしかに学園祭の準備は任意の参加で、クラスによっては分担を決めてるところや、強制しているところもある。
3組は、あまり協力的ではないらしい。
彼女が頑張り屋な事は知っていた。きっと昨日は1人でやっていたに違いない。
見兼ねて同じクラスのバスケ部が部活後、手伝いに来たのだろうと思った。
彼女はバスケ部のマネージャーだった。
以前部活を決めた理由を聞いた時、彼女は少し笑って、
「バスケ部に、付き合ってた人に似てた人がいた!」
と答えた。それ以上は聞かなかった。聞けなかった。
その日の帰り道、彼女はふいに
「中山、戸田くんが好きなんだね!」
と言ってまた少し笑った。
ー廊下ですれ違った時、なんとなくね、あーバレた!って思った。
彼女の笑顔はいつも私の笑いを誘う。
彼女とこんな話をこんなに長くするのは初めてだった。
珍しくその日、私は彼女に自分のことをたくさん話した。
珍しくその日、彼女は私の話を聞いて楽しそうに頷くだけだった。
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