墓参り編5
ただただ現状に困惑する幼い奈緒子と、彼女を気にかける瞳子。そして新たに現れた二人を見て苦虫を噛み潰したような表情をする矢島は、どうしたものか――と思案する。
だが、紫上から発せられた第一声は、そんな憂慮を振り払うものだった。
『……少々、面倒なことになっているようだな。矢島、手っ取り早く説明してもらうか』
その声には、旧特時時代を彷彿とさせる年長者としての頼もしさがあった。
彼は見覚えのないこの場所と、発生していた霧と、状況を把握していそうな矢島の表情から瞬時に有事と判断し説明を求める。
『この不可思議な私の状況も、関係しているのだろう?』
「あ、あぁ……適応力が高くて助かるよ」
流石は新上が選んだメンバーだと、矢島は心底感謝した。
――そうして一通りの説明を聞いた紫上は、想像以上に面倒な状況になっていると感じたのか、難しい顔をしている。自身が幽霊だと聞かされても、取り乱さず理解と納得に努めた彼には流石に矢島も驚いた。
だが、隣で同じように聞いていた日花里の反応は違っていた。
『あら? という事は、先ほど見た景色は二度目に出現した場所の景色ということかしら』
「見た景色?」
『えぇ、ついさっき……見覚えのない神社を見たのよ。そこでも私たちみたいな幽霊をたくさん見かけたのよねぇ』
日花里は前回の時にも幽霊として映し出されていたのだろう。新上邸で見た幽霊たちのように苦しんで消滅したのかは不明だが、彼女の証言に矢島は大きく考え込む素振りを見せた。
そうしてから自分考えをみんなに問う。
「村全体に霧が及んでいることは確認済みだったのだが、幽霊の出現範囲も村全体に広がっていると考えるのはありだと思うか楓さん?」
そう問われた瞳子は驚いた。
質問の内容に――ではない。
ただ信じられるのは己のみと――周囲は利用しても、事件の核心は全て孤独に抱え込み遠堂との決着を付けようとした、あの日の矢島悠介とはまるで別人であったことだ。あの日、初対面のたった一日だが矢島の生き様を見せつけられた瞳子には、想像もしていなかった変化である。
瞳子の感じたとおり、これまでの矢島は思考を全て自己で完結させていた。協力し合うことはあっても協調はしていない。それがタイムアウト事件の頃の矢島であったが、どうやら今日は違うようだった。
旧特時のメンバーが、それほどに彼に力を与える存在だったのだろう。
そんな事を思い、驚きの下に微笑みを含ませて瞳子は頷く。
「ふふ、そうやろな」
そして彼女は幼くなった奈緒子の幽霊の頭を撫でながら「それに」と続けた。
「寝る前に刑事さんが言っていた違和感……弔村と幽霊モドキの関連性が、いよいよ真実味を帯びてきよったな。旧特時の皆さんがシステムの被害に合ってるっちゅう事は、弔村に埋葬されている数えるんもバカらしくなるような量の死人が幽霊として現れてるってことやろ」
今回のシステムは、弔村に埋葬された死人を利用したシステムだろうと瞳子は言う。矢島も間違いないだろうと肯定した。
夕方、旧特時三人の墓参りへ行く道すがら目にした大量の墓標が、そっくりそのままシステムの影響下にある幽霊の数だと考えてもいいだろう。それほどに大規模で無差別なシステムだ。
「それに加えて、こうして三人に再会出来たのも僥倖だ。他の幽霊モドキだったら話にならなかったかもしれないからな」
『意図せずシステムに巻き込まれた身としても、矢島を見つけられたのは幸いである。聞く所によると、システムの稼働時間はそう長くないのだろう? 私たちが私たちである内に、システムとやらの正体を看破してみせよう』
紫上は矢島の肩に手を置いて頼もしく意気込んだ。
日花里も相当やる気らしく、胸元でしっかりと拳を握って決意を固めていた。
『ええ、私も全力を尽くすわ……奈緒子ちゃんが小さくなってしまった原因も気になるし……』
「それもシステムが原因だろうな。でもまずは行動だ」
「こんな真夜中に動くんかいな」
「あぁ、その方が人目につかないだろう」
新上以外は人の住んでいない弔村で真夜中に動き出すとは、いったい誰の人目を避ける目的なのかと瞳子は首をかしげると、続けて矢島は宣言する。
「日花里の話に出てきた廃れた神社跡に行ってみようか」
***
それは川の上流の、それも山道に入る直前にひっそりと佇む神社まで、矢島と瞳子に紫上と日花里を加えてやって来た。新上も起こしたが、彼女には一つ大事な仕事を頼んでバックアップとして新上邸に残している。幼くなってしまった奈緒子も今は新上の下で留守番だ。
息を潜めての徒歩で村を横断する道中も、無数の幽霊とすれ違った。この現象は間違いなく弔村全体で起きているらしく、先刻の奈緒子のように映像がブレて若返りした幽霊や未だに意識なく彷徨う幽霊ばかりである。少なくとも数万単位の死者に対してシステムが働いており、相手の目的がわからないが放置するにはあまりに不気味な光景だ。
駆け抜けて、着いた頃には山の端がすでに白み始めていた。
元は広かったであろう境内は草が生い茂り、奥に立つ立派な神社も朽ちて見る影をなくしている。廃墟という言葉がぴったりな場所だった。
「……だけど人が通った跡があるな」
「それも一人やない。複数人みたいや」
声を潜めて茂みを観察する矢島と、隣で同じように腕を組む瞳子は、ぼんやりと東の空を染め出した朝焼けを頼りに痕跡を見つけ出す。
その後ろには旧特時の二人もいる。運がいいのか悪いのか、まだ霧は晴れておらず、システムが起動中だということを嫌でも感じさせられた。今回の起動時間は長く、すでに一時間以上が経過している。犯罪組織のシステム運用が順調なのか……それにしては動きがないのが気になると、矢島たちは神経質になっていた。
だからこそ霧の中に月明かりで浮かび上がる神社跡は、より一層不気味に感じられる。
『ここです! ここが、始めてシステムに巻き込まれて気がついたときいたのがこの境内でしたわ』
声を抑えて五人にだけ聞こえるように囁く日花里に、矢島は足を止めた。
「……運がいい。正解みたいだ」
日花里の話を頼りに出向いてみたら、一発目から正解を引き当てたことに少々驚く矢島。瞳子と見つけた痕跡の先は神社の裏手に続いており、そこから淡い人工の光が漏れていることから組織の拠点と見当を付ける。近づいてみると、わずかだが複数人の話し声も聞こえてきた。
『随分と集まったな』
『いやいや、これでも全体の一割にも達してませんって。この村の死者全員からタイマーを奪うことが出来たら、小国一つを丸ごと運営できるほどの大金も夢じゃないって話なんでね』
矢島が首を伸ばして覗き込むと、軍用規格の大きな天幕が展開されており、声はその中からのものだった。渋い男の声と軽薄に笑いよく喋る男の声の2種類。
『ハッ、まったく楽な仕事だ。依頼主には感謝しねぇとな』
『へへ、中途半端な試作機渡されたときはどうしようかとも思ったけど、たった三度の調整でこれだけうまく行ったんだ、完成品ならウッハウハっすよ』
『死者の魂を再利用するだなんて、依頼主も相当狂った発想をしてやがる。ハッ! 人の歴史に干渉するなんて普通は考えつかねぇぞ』
何か重要なことを話しているらしい。
そう気がついたときには、矢島と瞳子は息を飲んで彼らの会話に耳を澄ましていた。
その中に浮かび上がった不穏なワード。人の歴史に干渉する……システムの原材料だろうか。なるほど盲点だったと矢島は唸る。
システムの根底にはタイマーがあり、全て時間という概念の解釈に手を加えたものである。時間さえ関係すればシステムになりえるのだ。そして人の歴史というのも、長大な年月という名の時間に関係している事から、システムに組み込まれたのだろう。
だとしたら……奈緒子や他の幽霊たちが若返っていった理由も見えてくる。
しかしそこでまた事は動いた。
ゾザザザザザザザザザザザザザザザザザザ――ッッ!!!!
「(紫上ッ!?)」
砂嵐のような雑音と同時に、矢島の後ろに控えていた紫上の体がブレた。
彼の体が縮む。鍛え上げられた体躯が少し細身になり、目元が少し若くなる。奈緒子と同じだ、若返った。無作為に幽霊を選んで若返らせているとしか思えない唐突ぶりで、当の紫上に至っては困惑したようにあたりを見回すばかりである。
「(奈緒子と同じで記憶も持って行かれたか!?)」
「(……刑事さん、いったいどういう事なんか説明してくれへんか)」
焦燥が浮かぶ矢島の独り言に、瞳子は同じく声を潜めて尋ねた。
だが悠長にしていられる時間は無い。
『……外が騒がしいな? この村に人はいないという話では無かったのか?』
『一人いるけど老婆だから無視していいって話でしょ? それに今の音はシステムでタイマーを奪った時のザッピングっすよ。偶然近くにいた幽霊からタイマーを抜き取ったんじゃないっすか?』
『……いや待て、この神社跡には幽霊の邪魔を防ぐために沸かないよう設定しただろう?』
『……アレ? おかしいっすね』
まずいと思った。
矢島だけではない。瞳子も既に踵を返している。どう考えてもこのあとに続く会話は決まっていた。
『邪魔されたら叶わん。念のため見に行くぞ』
敵方の戦力が不透明なうちから正面切って挨拶するほど矢島たちはのんびりとしていない。
ここは一旦撤退。若年化して唯一状況を理解できていない紫上に構っていられる余裕は無かった。
バサリと天幕の布が上がって細身の男が出てきた時には矢島と瞳子と日花里は既に境内の方まで引いている。これではこちらが追われているような気分になるが、背に腹はかえられなかった。
矢島たちは、神社を迂回して別の場所から天幕を確認する。男二人は結局紫上を見つけたが杜撰に追い払っただけで満足したのか天幕に戻っていた。
加えて今の奴らの会話で繋がったことがある。
「突然の若返り……やっぱりタイマーの搾取に関係していたみたいだな」
「若返ったらタイマー取れれるん?」
いまいち釈然としない様子の瞳子と、ずっと難しい顔をしている日花里に、彼は早口で説明する。およそシステムが見えてきた。
「人の一生を時間として捉えた今回のシステムだが、おそらく死者を霧に投影した事など全体の機能からすれば極一部の些事だろう。重要なのはその幽霊が若返る方だ」
矢島は土の地面に木の枝で線を引く。
「こっちが0歳で、反対側が死んだ地点と考えてくれ。これは人の年表。死者の人生ってのは、この直線一本の時間軸で完結した存在だ。タイマーが減ることもなければ増えることもない。それは墓標に刻まれた生没年からも明白な動かない事実……だからこそ、その対象が死者なんだ。生きている人間相手じゃ成立しないシステムだ」
「つまりどういうことですか?」
日花里の質問に、矢島は線を真ん中あたりで垂直に切ってから答えた。
「この死んだ点から、今俺が引いた線まで若返ったとしよう。奈緒子や紫上の身に起きた現象のアレだ。もう一回言うぞ。死者の消費したタイマーの量は変わらない……死んだ時点で確定されたものだ。だが、それを強引に若返らせると若返った点と死んだ点の間が宙に浮く。死者が消費していないことになったタイマーが溢れ出てくるんだ。そうやって若返らせた死者の幽霊から溢れたタイマーが、あの天幕の中にいる男たちの元に集められているんだろう」
名付けるなら……墓標の生没年という時間を材料にしているから【墓標のシステム】と言ったところか。
「……なんとなく言いたいことは分かったわ。まぁ憶測な部分はアイツら締め上げたらわかるやろ。それに事実ならあんまりうかうかしてられへんのちゃう?」
難しい顔してなんとか理解に努めようとする瞳子の言葉に、矢島は短く頷いた。
「あぁ、幽霊のザッピングが起きて若返りが発生するたびに、死者のタイマーが奪われているわけだ。やっと得られた安息の地で、これ以上死者を冒涜するのは流石に見逃せないな」
矢島は立ち上がり、手にしていた木の枝を投げ捨てる。
何よりも旧特時の面々が巻き込まれたことが心底我慢ならなかった。
「さっきから様子を伺っていたが、どうやら実行犯はあの二人だけらしい」
「えぇ、私も耳を澄ませておりましたが、最初の二人以外の声は聞こえませんでしたわ」
「なら決まりやね。依頼主とやらも気になるし、さっさととっちめて終止符を打とか」
瞳子はストップウォッチのシステムを二つ取り出して動作を確認し、一つを矢島に投げて渡す。矢島が借りるのは二度目だが、制圧に打って付けのシステムだと改めて実感する。
そうやって準備を整える矢島に、最後までついてきていた日花里はため息をついた。
「この事件が解決したら、またお別れですね」
日花里の言葉に、瞳子はハッと顔を上げて目を伏せる。
「奴らを制圧したら、すぐにでもシステムは停止させないとアカンもんな」
事件を解決するということは、矢島と旧特時がまたしても二度と会えなくなるということだ。停止させずに別れの挨拶だけでも交わさせるべきかと、瞳子は密かに憂慮する。
しかし矢島は迷いなく頷いていた。
「あぁ、一刻も早くシステムは停止させないといけない。日花里、また会えてこうして話せて良かったよ」
「私も、矢島さんが元気に活躍してるって知れて良かったわ」
そうやって傍から見ればあっさりと別れの挨拶を済ます二人を見て、ようやく瞳子も気づく。彼らは、とっくに現実を受け入れていたというだけだ。矢島の目は、しっかりと未来を見据えている。日花里はここで顛末を見届けると言う。
「さて、死者眠る弔村で騒いだ始末……その天罰、しっかりその身で受けてもらおうか」
霧の中、矢島と瞳子は拳を握り締めて宣言した。
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