評価

(評価って何だろうな?)

「え?」

(最近動画を見てて思うんだよ。作品の良し悪しってのは二の次で、高評価の第一は人の伝によるものが大きいんじゃないかなって。)

「考えすぎじゃない?」

(いやー、お気に入り数がアホみたいに伸びている動画があって気になって中を覗いてみたら、1分も見ていられないような内容だったわけよ。)

「それは好みの問題でしょ。大多数がそれを評価したのだから間違いではないんじゃない?」

(評価を決定付けるのが大多数の価値観という部分には同意するが、俺が言いたいのは、果たしてその大多数の人間全てがきちっと自分の嗜好に則って評価を下したかどうかってことだ。)

「というと?」

(最初に言ったように、伝だよ。その作品を見る以前の段階で知り合いだからとか友達だからとか、作品に関係ない理由で評価するっていう人間もいるだろうってこと。)

「それはありそうではあるけど、全てが全てそういうつながりとは限らないでしょ。その動画のお気に入り数はいくらよ?」

(ざっと10万は超えているな。)

「リアルだけでなくネット上での繋がりもあるとしても、ファンを多数抱える有名な芸能人じゃないんだから、そういうのはせいぜい多過ぎても100ちょいぐらいでしょ。10万の中の100なら、残り9万9900はちゃんと評価しているってことになるから、正しい評価と言えるんじゃないの。」

(でも自演の可能性)

「自演の話じゃなくて伝の話でしょうが。大方自分が気に入っている動画が伸びないで同じジャンルの自分の気に入らない作品が伸びているのが面白くないだけでしょ?」

(そこまで愚かじゃないわ!でも伝で評価が決まるって近からずとも遠からずって思うんだよ。伝があれば見てくれる人やメッセージを残してくれる人は確定しているし、彼らが動画を盛り上げてくれれば、つまらない動画にも多少の魅力が生まれるというか。逆に伝がないと見てくれる人間は関わりのない赤の他人頼みになるから、せっかくの良作品でも淵に嵌れば埋れてしまいかねない。)

「その手のは、視聴者を引き込むタイトルやら動画説明やらが足りなかったってことでしょ。要は落ち度が少なからずあったってこと。それらも発表の上では作品の一部なんだから。」

(結局、評価ってのは人の伝…というか人の数で決まるものなんだな。)

「評価を下すのは見にきた人たちだからね。」

(そして自分の評価を尤もらしく主張する大きな声に、集まった人が引っ張られるケースもしばしば。)

「再生数、極端に言えば世界の総人口を見てみれば、評価に関する発言は多くて数人の小さな声。自分も作品を見て同じように感じたとかで共感を持つのはいいけど、この人が言ったからこの作品はこうなんだって、錯覚に陥って自分の中の評価を決める前に流されるのはどうかなとは思うね。」

(掲示板とかの書き込みでもそうだけど、ネットではどうしても一人の声が世間一般の民意に見えてしまう場合があって困る。自分というものを確固として持って、常に疑いの目を持って見ていれば大丈夫なんだろうが。)

「まぁ、とにかくさ、評価されたい作品があるっていうなら、宣伝なり支援動画なりで応援してやれば良いんじゃない?」

(いや、だから何で俺が埋もれた良作に拘っている体になっているんだ?)

「違うの?」

(まぁ多少は)

「じゃあいいじゃん。悩み解決。」

(勝手に解決するな!)


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