家宝

何やら鼻がムズムズするので触ってみると指先に紛れもなくアレが当たる。摘まんで引っこ抜くと見事なのが抜けた。ピンと真っ直ぐに伸びた鼻毛。2センチとまではいかないが1,5センチは確実にある。私はこいつを今日1日ずっと鼻から飛び出させて過ごしてきたわけである。どれくらい飛び出ていたのかは判らないけど、抜いたときの感覚で鼻の奥底に根付いていたようには思われない。恐らく外縁から5ミリほど入ったところだろう。そうなると1センチ。角度もあろうからまるまる1センチではないだろうが、結構露出してたのだろう。

朝「行ってきます」と爽やかに言った時にも、会社で「おはよう!」と快活に微笑んだ時にも、ランチを済ませた定食屋で「ごちそうさま!」と店員のお姉さんに御愛想を振り撒いた時や「資料のここのところ。もう少し手直しした方がいいんじゃないかな」などと先輩風吹かせた時にも、本物の風になびかせていたわけだ。しかし、恥ずかしいとは思わない。何故なら見れば見るほど見事な鼻毛だからである。根元太く先にいくほどに先鋭になり、黒々としたその姿は最近細くなってきた頭髪よりも心強いものである。世が世ならばこの鼻毛をピンと突き出させ、手綱さばきも雄々しく、胸を反らしてスッくと馬上に跨がった姿に「おお、見事な武者ぶり鼻毛ぶりよ。あれなるは何者じゃ」と殿様の感慨も一入。返答せんと馬下り、殿の面前へと進み出でれば、ピンと突き出た切っ先ならぬ毛っ先が殿の顔前にピタリと定まる。思わず叫ぶ近臣の「無礼者!」の声に、落ち着き払って束の間「戦場にての御無礼の段、お許し下されたく存じまする。これなる鼻毛も平素ならばいざ知らず。戦とならば我が家には敵を薙ぎ切る刃はあれど、鼻毛を切る刃はござらぬ」と毛っ先を左右に睨め回せば、並み居る宿老重臣も声を出せず。この様子に「天晴れじゃ」と莞爾として笑う殿様より手づから賜ったのが上野の国は鼻毛石の名人、毛野重茂が鍛えし小さ刀拵。これこそ代々我が家に伝わる家宝。その名も名刀「鼻毛切り」。

まで妄想してからフッと指先から吹き飛ばしたら毛根部分が壁にピタリとくっついて壁から鼻毛が生えている感じになったのでほのぼのした気持ちになった。

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