『おじぇなんしぇ!残念半島』より

女将修行の夏休み ―夏海と篤人ー

【situation】

県職員としての夏季休暇を利用して、木野崎篤人の実家である老舗旅館「十六夜いざよい亭」で若女将修行をすることになった夏海。

お客様の夕食も一段落し、旅館のバーで篤人と遅い夕食をとっている。


*****


「お疲れさん。女将修行一日目はどうだった?」


「うーん。疲れたぁ~! 旅館の外から出ないとは言っても相当歩き回るんだね!

慣れない着物と草履で歩きにくいし、お義母さまは小柄なのに本当に体力あるよねぇ」


「まあ、夏海の場合、慣れないから気疲れも大きかったんだろ。

……それとも、女将業はやっぱり無理そう?」


「そんなことないよっ! お客様の笑顔や、こちらのちょっとした気遣いに感謝の言葉をもらったりするとすごく嬉しいしやりがいがあると思う!

今年の “disてぃねーしょんMAUSU” 関連イベントのこともお客様に宣伝して興味を持ってもらえたし、疲れたけど楽しい一日だったよ」


「こないだの週末も、南磨臼町の納涼祭の手伝いに行ったりしていてあんまり休んでいないだろ? 女将修行は焦る必要ないし、くれぐれも無理はするなよな」


「ありがと。無理はしないようにする。篤人君こそ、青年会の活動の方も忙しそうだもんね。夏バテに気をつけてね」


「そうそう。青年会と言えばさ、再来週の青年会主催の“磨臼ビーチ・真夏の仮装コンテスト” 、小西さんがこっちへ帰省する予定だから参加するってさ」


「えっ!? 小西課長補佐が仮装するの? 楽しみっ!」


「あの人のことだから、また微妙なセンスの仮装をしてきそうだよなぁ」


「あはは! 自分がデザインした “まうチュー” の仮装とかしそうだよね!」


「クオリティも微妙そうだよな!」


「そういえば、篤人君には夏休みってないの?……まあ、夏は旅館も書き入れ時だろうから、なかなかお休みは取れないだろうけど」


「夏は無理だな。秋になったらまとまった休みをもらうつもりだ」


「そっか。どこか出かけたりする予定?」


「……夏海の実家に行きたいと思う。プロポーズした後、ゴールデンウイークに一度挨拶に行ったきりだろ? 旅館が忙しくて日帰りだったから、ご両親とゆっくり話もできなかったし。

そろそろ……その……式の準備の相談もしたいし」


「えっ……!? 篤人君、そんなこと考えてくれてたんだ……」


「てゆーかさ、普通は女の方がこういう準備に周到なもんじゃねえの?

ゼク〇ィとか穴のあくほど見てさ、海の見えるチャペルがいい!とか、綺麗なドレスが着たい!とか、招待状も可愛くしたい!とかさ?」


「そ、そういうものかな……」


「なのに夏海ときたら、春に俺のプロポーズ受けたっきり、仕事仕事でそういうこと考えてる感じは全然ねえし。女将修行したいって言ってくれたのは嬉しかったけど、もっとこう、結婚てものに対して憧れたり浮かれたりしてもいいと思うんだけど」


「な、なんかごめん……」


「俺があれこれ段取りつけて動き出さねえと、いつまでも形になりそうにねえなって思ったんだよ。夏海の実家は県外だし、すぐに行ける距離でもないんだから、前もってある程度の準備して、段取りよく話を進められるようにしとかないといけないだろ?」


「なんか私、怒られてるみたいな感じだけど……。

でもっ! 私はこの春磨臼センターに異動したばかりで仕事も慣れてなかったし、それでも継続して “disてぃねーしょんMAUSU” 関連イベントは手伝ったりしていたし、プライベートにまで頭が回らなかったことは仕方がないでしょう!?

それに、生き生きと仕事をしている私が好きだって篤人君いつも言ってくれてるじゃない! 仕事より自分の結婚のこと考えてるような女でいいわけ!?」


「そうは言ってねーだろ!? バランスが大事ってことだよ!

夏海は一生懸命になると周りが見えなくなるところがあるんだよ! こないだだって、イベント中に迷子になった男の子の母親探しで自分の持ち場をほっぽり出して、観光協会の小林さんがフォローしてくれなきゃどうなっていたか……」


「だって! あんな小さな男の子、誰だってほうっておけないでしょう!?

私の仕事は誰かがフォローしてくれればそれで回るけど、あの子のお母さん役は他の誰も代わりができないんだよ!?」


「……はぁー。そういうことだよ」


「……そういうことって何よ!?」


「俺にとって、夏海の代わりは誰もいない。夏海だから好きになったし、結婚したいって思った。

だから、全部を大切にしたいんだよ。

夏海の両親も、兄妹も。夏海の仕事も。そして、一生に一度の大事な結婚式も。

だから、夏海にも仕事だけじゃなくて、自分のいろんなものを大切にしてほしいんだ」


「篤人君……」


「さ、俺の作った美味いメシが冷めちまう。ケンカはこのくらいにして早く食べようぜ」


「うん。……いろいろ考えてくれて、ありがとう」


「ん」


「私も大切にしたい。自分のことだけじゃなくて、篤人君のこと。

篤人君の仕事も、青年会の活動も、篤人君の家族も、この十六夜亭も。

そして、篤人君との結婚式も」


「ん」


「よしっ! 私、今月からゼ〇シィを年間購読するねっ!

一生に一度の結婚式だもん、自分たちの満足のいく結婚式にしてみせるっ!」


「あ、ああ……」



(……年間購読って。式を挙げるのはまだまだ先になるっていうことか……)



―おしまい―




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