第4話学園祭

もう直ぐ学園祭である。

学園祭を一週間後に控えたある日のお昼の時間、竹中さんが言った。

「さくらちゃん、一緒に学園祭を回ろうよ。」私は無視かい。

「うん。いいよ。」とさくらちゃん。

若干笑顔が引きつっているのは気のせいだろうか。やっぱりさくらちゃんも竹中さんが嫌なのかな。

「桃子ちゃんも一緒に回ろうよ。」とさくらちゃん。「そうだよ!三人の方が楽しいよ〜」と思い出したように竹中さんが言った。嘘つけ。なんなのこの女。と思ったけどもちろん顔には出さない。「ありがとう。」と適当に笑っておく。学園祭といっても正直女子校の学園祭ほどつまらないものはないと思う。そもそも親族か招待した友達か受験生しか入らないので盛り上がりにかけるというか…。いや、ただ単に私が部活にも入ってないしやることもやる気もない生徒だからかもしれないが。まぁ適当に回ってさっさと帰ればいいか。そんなことを思っているうちに一週間はあっという間に過ぎて学園祭が来てしまった。



学園祭1日目はまずいつものクラスに普通に登校し、出席をとってから各自解散である。教室はやっぱりいつもより浮かれていてみんなそわそわしている気がする。まったく何が楽しいんだか…。と、冷めているのは私一人な気がしてきた。担任の山下が入ってくる。しかしなんか顔色が悪い。顔面蒼白で今にも倒れそうなのに頑張って笑顔を貼り付けているあたりが寒気がする。山下先生はここ半年でものすごく痩せた。腕なんてもう骨に皮がたれさがっているようでまだ三十代なはずなのにしわしわである。前はこんなんじゃなかったのに。なんか見てると怖くなってくるので、目をそらして、今日をどうやって乗り切るかを考えることにした。本当は朝礼が終わったら速攻で帰りたいが何しろ約束してしまったし、竹中さんにさくらちゃん一人を取られるのもなんだか面白くない。まぁお昼まで頑張ってそしたら用事があるとかいって帰るか。うんそうしよう。

とか思ってるうちに朝礼が終わってたらしい。さくらちゃんたちが机に来て行こうと誘って来た。私も椅子から立ち上がって彼女たちに続く。

「最初どこ行く?」と竹中さん。

そもそも三人とも部活に入ってないのでみんな暇である。と、思っていたけれど…

「うーん、でも9時半から家庭科係の展示が1時間くらいあるからねぇ…吹奏楽部の公演は無理かな。」とさくらちゃん。「えっ!家庭科係の仕事があるの?」と私がきいた。

「うん。そうだよ。私たちクラスの家庭科係だから一緒に行くの。」と竹中さん。そういえばそうだったかもしれない。でも係決めは竹中さんがまだいじめられている頃にあったから偶然だ。と、いうことは私一人じゃん。これはもう本格的に帰っていいかな。

「でも1時間だけだから!その辺で時間潰してて?終わったら一緒にお昼食べようね。」とさくらちゃん。

さくらちゃんに言われたら仕方ない。もともとお昼までいようと思ってたし。私は頷いて、みんなで待ち合わせ場所を決めた。

そうしたら三十分前だからといって二人ともいってしまった。そんな三十分前に行く必要ないと思うのだけど。

それから私は吹奏楽部の公演とかをきいて時間をつぶしていた。ぼーっときいてたらいつの間にか公演は管弦楽部に変わっていて寝てしまった。お腹が空いて目を覚ましたらもう12時である。約束の時間などとっくに過ぎている。やばいっと思ってこっそりさくらちゃんにLINEしようとしたら、偶然遠くの方で二人が歩いているのを見つけた。そばに寄って行くと何か話しているのが聞こえた。「本当に桃子ちゃん帰っちゃったのかなぁ。」とさくらちゃん。「そうじゃない?それか他の子と一緒に回ってるか。もうお昼食べちゃったしね。二人で楽しもうよ〜」と竹中さんが笑顔で言う。「うん。きっとそうだよね!」とさくらちゃんも笑う。なんだか私は足が踏み出せなかった。今行ってごめんと謝ればそれで済むのに、何故か行けなかった。声をかけられなかった。…もしかしたら邪魔なのは私だったのかもしれない。私は泣きたくなってしまった。学園祭で周りが楽しそうにはしゃいでいるのも余計私を一人に、惨めにさせた。でも、どこにも行き場所がない。教室もどこも使われているし、一人なれるところなんてどこにもない。こんなことならすぐに帰ればよかった。

俯いて歩いていると誰かにぶつかった。顔を上げると女の人だった。知らない人だったけど多分学校の先生だろう。「どうしたの?あなた大丈夫?」

と透き通った声で心配そうに尋ねられた。綺麗な人で、どこか懐かしい雰囲気がした。こんな優しい人もいるんだな、と思った。そうすると今までずっと我慢していたのがついに爆発してしまった。私は頬に熱いものがつたうのを感じた。ひっくひっくとしゃっくりみたいのがでてとめたいと思うのにとめられない。だんだん過呼吸のようになってしまった。別に友達に置いていかれたくらいで泣くことないのに。もう中学生なのに。でも多分今泣いてるのはそれだけじゃないんだな。とも思った。多分この数ヶ月、さくらちゃんを竹中さんに取られてからずっと自分が思ってた以上に辛かったんだ。

先生は私を保健室に連れて行ってくれた。保健室の先生は落ち着いて、と言って私をベットに寝かせてくれた。

「あなたお昼食べた?」と保健室の先生に聞かれた。首を振るとさっきの綺麗な先生がじゃあ私が何か買ってきます。といって出て行った。私はそれまで横になっていた。過呼吸はもう収まったが涙は止まらなかった。この数ヶ月の辛いことを思い出したらまた涙が溢れてきた。


綺麗な先生、胡桃先生と言うらしい、が買ってきてくれたパンを食べるとだいぶ落ち着いた。保健室の先生は他に具合の悪い子の看病をしていたので先生が話をきいてくれた。私はさくらちゃんが竹中さんを助けてから全てのことを話した。その先生は大きな黒い瞳で時々目を瞬かせて頷きながらきいてくれた。髪は腰までとはいかないけど長くて墨のような黒でまっすぐなストレートだった。私は話しながら小さい頃に遊んでいたお人形に少し似てるな、と思っていた。だからなんだか安心するのだ。その人形は私のお気に入りでとても可愛かったのだ。

話を最後まで聞き終わると胡桃先生は「そうかぁ、それは辛かったわねぇ。よく頑張ったね。」と言ってくれた。私は誰かに同情して欲しかったのかもしれない。その言葉は私の傷ついた胸にしみた。

先生はアドバイスをくれた。

「まぁ人生は楽しいことばかりじゃないから、今は辛い時期なのよね。

私はね、やっぱりその竹中さんとさくらちゃんに自分の気持ちをちゃんと伝えた方がいいと思う。そうじゃないとずっと今のままで何も解決しないよ。変えたいと思っているなら少しでもいい生活を送れるために頑張らなくちゃ。」私はそうか、と思った。

それからもう帰ろうと思って胡桃先生にお礼を言って保健室を出た。


すると運の悪いことにばったりと二人に出くわしてしまった。

「桃子ちゃん!どうしたの?」とさくらちゃんが言った。さっきまで泣いていたので目が腫れているのだろう。

「いやちょっと具合悪くて保健室で寝てて…一緒にお昼食べられなくてごめんね。」と謝った。

「大丈夫?ごめんね、私たちも気づかなくて。今から帰ろうと思うんだけど、一緒に帰る?」と竹中さん。

さすがに具合の悪いと言う子には気を遣ってくれるらしい。散々その人を悪く言った後に思いがけなくその人に優しくされたりするのはよくあることである。いいとこもあるじゃんと思ったが元といえば全部こいつのせいだと思い出し、やっぱりないと思い直す。

「うん。そうだね。私も二人に話したいこと、あるし。」話すなら今しかないと思った。行動は早く移したほうがいい。


私たちはよく舗装された駅までの道を歩いた。秋ももうそろそろ終わる。だんだん肌寒くなって来た。冷たい風に枯葉が舞う。空は曇っていた。

もちろんこんな2時などと言う微妙な時間に帰る人はあまりいないので私たちだけだった。

私は切り出した。「私さ、ずっと前から思ってたことがあって、ずっとって言っても竹中さんがグループに来てからのことなんだけど。」なんていえばいいんだろう。私を無視するな、か?なんか違う気がするけどまぁいいや。

「なんかいつも竹中さんとさくらちゃんってアイドルの話ばかりしているじゃない?私あれついていけないんだよね。だってそれって意図的にやってるでしょ。なんか竹中さんって私のこと無視してるでしょ。邪魔なんだよね?違うの?私あなたに何かした?むしろ助けてあげたし、グループにも入れてあげたよね?なんの仕打ちなの?これ。」ついに言った。言い切った。私はまっすぐ竹中さんを見る。竹中さんは震えていた。

私たちは秋の曇り空の下立っていた。

「私は、私は、そういうつもりじゃなくて…でも今のでわかった。あんたさ私のこと見下してるでしょ。」

私はさっと血の気が引いた。確かにそうかもしれない。

「さっきだって助けてあげた、入れてあげた、って上から目線じゃん。そういう風に私を見下してるから、見下してる奴にさくらちゃんを取られるのが気にくわないんでしょ。違うの?私は自分を見下してる人となんか仲良くしたくない。」竹中さんは言った。

見下してたかもしれない。けど違う。そうじゃない。

「でもその前にあなたは人に助けてもらって当然だと思ってる。全然感謝もしない。いじめられてるからって被害妄想ばっかして誰かが助けてくれるまでまっててそれが当然だと思ってる。自意識過剰なんじゃない?そして助けてくれた誰かが親切に自分をグループまで入れてくれたんだからそこでうまくやっていくべきじゃない?それが普通じゃないの?」私も負けないように言った。大体私は悪くない。

竹中さんは黙った。目に涙を浮かべている。私は勝った、と思った。そしてつい、余計なことを言ってしまった。

「本当はさくらちゃんだって竹中さんのこと、嫌なんじゃないの?」

さくらちゃんは顔を真っ青にして何も言わなかった。むしろ言えなかったのだ。なぜなら本当にそうだから。

竹中さんは走り出してしまった。そして言ってしまった。

さくらちゃんはそれから私に言った。

「ごめんね。仲間はずれにして。桃子ちゃんの気持ちに気づかなくて。本当にごめん。」そうしてさくらちゃんも行ってしまった。

私はひとり残されたがとてもせいせいしていた。


その次の日からさくらちゃんは学校に来なくなった。





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