第2話箱庭

それから四年後。私は私立の中高一貫の女子校の受験を無事突破し、中学一年生になった。当然だけど今の私が生きている世界には男子は存在しなくて、その学校は完全に世の中とは隔離された箱庭だった。別に山の中にあるとか寮だとかそういうわけではないけど私たちは学校という箱庭の中から逃げられなかった。

私のクラスにはいじめがあった。

けれども私は全然部外者で親友のさくらちゃんと一緒にお弁当を食べたり移動教室の授業に行ったりととても充実した生活を送っていた。私は学校が楽しかった。クラスの空気は悪かったが自分が充実した生活を送れていればそれでよかった。

もう少しそのいじめについて話しておくといじめといってもいわゆる蹴ったり殴ったりするような暴力ではなくせいぜい無視したり聞こえるように悪口を言ったりというそこまで酷くないものだった。担任の山下先生は情緒不安定なことで有名で朝教室に入ったらいきなり怒鳴ったりとかしてとてもいじめに対処できる人ではなかった。

と、いうわけで誰もいじめられている竹中さんという人を助けようとはしなかった。竹中さんは変わった人だった。髪は山姥のように振り乱れていてボサボサだったし、声は甲高くて耳にさわるし、ぶりっ子だし、何よりスキンシップが多かった。つまり人と腕を組んだり抱きついたりしていた。最初は竹中さんも中心グループといっしょにいて「小学校の時はいじめられていたけれど、今のみんなはそんなことなくて嬉しい。」と言っていたのを聞いたことがある。その時そのグループの子たちは「えー!その性格で?信じられない!」とか笑っていたのだけど、やっぱりスキンシップが嫌だったのかなんなのか知らないが今では「あの性格じゃね…」とかひそひそ言っているので女子は怖い。

私は人からスキンシップを取られるのが何よりも嫌な人間なので竹中さんを助けて好かれるのは嫌だな、と思っていた。正直に言って竹中さんは苦手だった。けど私は一緒になって悪口を言ったりはせず、ただ見ているだけだった。

しかしちょうど夏休みが明けた頃、この問題に大きな転機が訪れた。

竹中さんは3日に一度くらいしか学校に来なくなっていた。

ある日、私がいつものようにさくらちゃんにお弁当を食べようというと、さくらちゃんはそうだね、と言った。

ここまではいつものことなのだがその後、彼女は竹中さんも誘ったのだ。

「竹中さんも一緒にどう?」

竹中さんは驚いたのか目を見開いて、ありがとう、と言いながら頷いた。

竹中さんの目が泣きそうに潤んでいるように見えた。

「桃子ちゃんもいいよね?」さくらちゃんにそう言われたら断る訳にもいかない。

「うん。そうだね、一緒に食べよう。」と私も言った。

でもこれから何を話せばいいんだろう。クラスの人たちがちらちらとこちらを見ているのは痛いほど感じていたし、いつも竹中さんの悪口ばっかり言ってる栗原さんのグループなんか顔を見合わせてくすくす笑っている。正直あまり目立たないように生きていきたい私には居心地がいいとはいえなかった。

でもさくらちゃんはそんなのお構い無しに話を続けた。

「次の数学のテスト勉強した?」とかなんとか。

私は「いや、してないよ。」というのが精いっぱいだった。さぞかし笑顔が引きつっていたことだろう。そもそも私は笑顔を作るのが苦手である。

その日はそのまま過ぎていって、数学のテストは散々だった。


次の日、移動教室にもさくらちゃんは竹中さんを誘った。そうやってだんだん私たちは三人でいるようになった。


たまに栗原さんたちにプリントを回す時とかにさりげなく落とされたり、とばされたりしてる気がしないでもないがこれはもう仕方ないと思うことにした。まぁ正直大したことないし、ああいう底辺の人間がやることは気にしないに限る。

でも私にとっての最大の敵は栗原さんではないという事に気付いたのは少し後になってからだった。そこから私の地獄の日々が始まる事になった。



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