第196話
「お腹……すかない……」
「うん、少し……」
「何か作る……」
「じゃあ……おにぎり……」
もはや、余計な「装飾」が施された言葉など、いらない……。
良質に醸造された空気の流れを妨げない会話が、心地良い……。
人間として、女としての「格」が、これまでのくすんだ色を棄て、わたしを鮮やかな色彩にコーティングしてゆく。
酔いしれる心と魂……。
「具は……」
わたしはただ、満ちた瞳で舞を見つめ、問いに答えなかった。
舞は、下着姿でいるわたしの「状況」と、答えなかった問いを理解し「うふっ」と意味深に口元を緩め、遠く離れたキッチンへ歩を進めた……。
ずっとこのままヴィーラヴと一緒にいたい。
彼女達の無垢で透明な趣と魂でわたしは癒され、浄化された……。
舞も同じだったのだろうか。
引き籠もりという、わたしとは次元の違う負の環境から、光を見いだし脱出した舞……。
それ程にヴィーラヴは舞を包み込み、慈しんだ。
それは「愛」なのか……。
そうなのだ。
ヴィーラヴと舞の「愛」と「愛」の相互関係。
わたしにはあるのだろうか……ヴィーラヴと舞から「愛」を注がれる人間としての資格が。
ある筈だ……。
その為に舞はわたしを「選んだ」……他の誰であってもならない……。
躰の熱が上昇する。
快の残り火が燻る……。
呼応して「湿る」深層自我。
暴走する意識……。
綿素材を浸透、拡大してゆく深層自我の蜜。
もう、このまま……。
「お待たせ……」
皿に置かれたおにぎりを差し出す舞。
「塩おむすび……」
器用に握られたそれをひとつ取り、口へ運ぶ。
適度な舞の温度……。
絶妙な柔らかさ……。
優しい塩加減。
「おいしい……」
「そう、良かった……」
斜め後ろで舞が照れ気味に言った。
広大な景色を眺めながら食べる塩おむすびは、これまで食べてきたどの料理よりも美味で、高尚。
「人生の全てが、ここに凝縮されているみたい」
半分程食べ進めたおむすびを見つめ、火照った自分にかこつけて、らしくない言葉を紡ぎ出す。
「うふふ……ずいぶんと哲学的ね……」
からかう様に舞が反応する。
「なんだか安心するのよ……これでいいんだって……気負わず、偽らなくていい……散々迷った末に辿り着く終着点……それが、このおむすび……」
「塩おむすびという……人生……」
「ふふっ……面白い事言うのね、夢子ちゃん」
舞が笑う……。
「でも……それ、正確よ……」
妖しく言った。
「ヴィーラヴは、どうだった……」
「素晴らしいわ、舞……この塩おむすびの様に可憐で純粋で、愛に満ち溢れている……もっと一緒にいたい、もっと語らいたい、もっと……ふふっ、これ以上、戯言を語る必要なんてない……そうでしょ、舞……」
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