第187話
誰もいない社長室で、わたしは立ち尽くす……。
しばらくして、わたしの躰は秘書の勧めを無視して、本能的に床から天井に達するガラスウォールに吸い寄せられる。
向かいには、井上・ペターゼン・礼子が「支配」するファーストタワーが相対する。
ヴィーラヴがあまりにも「表」に出すぎている為に、舞の会社も含めたドロシーエンタープライズ全体の利益の7割は金融、投資、不動産事業で占められている事は「意外に」知られていない。
圧倒的な開口部で、浮遊感を伴う興奮と、地に足がついていない不安が入り交じる……。
気持ちが定まらない中で、視線を「下界」に移す。
人、車が、見た事のない角度で歩き、走る。
ぼんやりそれらを眺めていると、遥か下の地面に吸い込まれそうになり、平衡感覚が消失しそうになる……。
「遅いな……舞……」
ふと呟いた……。
『わぁぁっっ……!』
背後から声がすると同時に抱きつかれ、勢い余ってガラスウォールに躰が激しく触れる。
「落ちる……」
本能が言ったが無論、ガラスウォールが砕けて転落などある筈がない……。
「んもぅ、モカッチモコッチ何やってんの……夢ッチがびっくりしてんじゃん……」
少女とは思えない力でわたし、モカさんモコさんをガラスウォールから引き離す人物……アリスさんだった……。
「脅かしてごめんねぇ夢ッチ……」
「あっ……いいえ、わたしの方こそ……すみません……」
アリスさんの謝罪に、わたしは動揺を引きちぎり、しなくてもいい「謝罪」を被せる。
「はははっ、どうして夢ッチが謝るの……真面目だなぁ……」
品定めをする様な目でわたしを見据えながら、躰を奔放にくね動かすアリスさん。
アリスさんの後ろで、モカ、モコさんは「じいっと」純真無垢な瞳を煌めかせ、わたしに照射する。
既に「場」の主導権は、アリスさんに握られていた。
「あ、あの……初めまして、わたし、夢乃 夢子と申します……今日から10日間、皆さんと高樹社長の密着取材を行います……その、いろんなお話をお聞きできたらと思っています」
「こんなわたしが……そ、その、至らぬ点も多々あるかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します……」
わたしは深々と頭を下げた……年齢差など関係ない。
彼女達は「太陽」……。
わたしは、光を浴びる立場……くだらない「プライド」など意味がない。
「固いっ……うぅむカタイなぁ、夢ッチ……!」」
「でもアリスさん……」
「アリスさん……?……いやいやいやいやっ、ウチらの事はもう呼び捨てでいいからさ、夢ッチ」
わたしの「過剰」な真面目さに両手を広げ、やや呆れた口調で提案するアリスさん。
『私達もモカ、モコでいいよ……』
双子特有のシンクロが、わたしの固い殻を砕く。
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