第185話

 舞は、附属の国際大学……わたしは別の大学へと異なる人生を歩む……。


 つかず離れずの関係性が「幸い」し卒業以降、交友関係はぷっつりと途絶えた。




 舞に恋人ができた……風の噂で聞いた時、わたしは驚き、そして喜び、嫉妬の相容れない複雑な想いが心で渦巻いた。


 美しい容姿の舞と、地味で冴えない自身の佇まい……。


 世間に見せる「表層」で祝福し「深層」で訝った……。




 やがて、恋人が行方不明となり、以来、引き篭もったと知ったわたしの魂は「踊り」そして安堵さえした。


 同時に、そんな自分が嫌で愚かしかった……。




 夢子ゆめこ……。


 わたしはこの名前が好きではない……。


 名字が夢乃ゆめの……。


 夢を被せてくるなんて、親は何を考えて「こんな」名前をつけたのか……。


 しかし自分が思う程、他人が気に留める「名前」でもなかったのかもしれない。


 実際に「可愛い」とか「素敵な名前ね」……など、好意的な意見が多かった。


 でも、わたしには拭えない違和感がずっとつきまとっていた……。


 舞も、同じだったのだろうか……。


 自身の存在の曖昧さに……。


 けれど、もういないとはいえ「男」を知った舞は、わたしなんかより「幸せ」……。


 男を知らず、目に見えない潮流に囚われ、流れ着いた弱小出版社にわたしは身を寄せている……。


 小説家になるのが「夢」だった。


 が、数々の賞の一次選考すら通過できない文才を恨み、夢がかすみ、消える現実……。


「何が……夢子よ……」


 魂が呻く……。


 対照的な舞の軌跡。


 あの舞が、ヴィーラヴのチーフマネージャー……そして社長に……。


 至る過程の「黒い噂」は絶えない。


 真偽はどうであれ、わたしには舞が「昇りつめた」事実が重要であり、ゴシップに興味はない。




 広がる人生の「差」……。


 このままわたしは、置いてけぼりなのか。




 出版業界に激震がもたらされた……。


 これまで多忙を理由に、大手出版社の度重なるヴィーラヴ独占密着取材のオファーを断り続けてきた舞が、わたしの勤める出版社に突如、独占取材の許可を出し、指名した……。


 何故、あの出版社……廃刊寸前のティーン雑誌ごときに……。


 大手出版社達が、そう恨むのは当然だ。


 しかしその声も、数日のうちに消え去った。


 舞が指名した、弱小出版社の廃刊寸前のティーン雑誌……まさしく、わたしの所属する部署。


 そして、この「僥倖」の体験者は、たったひとり……。




 わたしだ……。


 舞自らが出版社を、わたしを「選んだ」……。


 戸惑いの感情の中で蠢く「悦び」……。


「わたしの事を、舞は覚えていてくれた……」


 妬みが「快楽」に変換された瞬間だった……。

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