第176話

「万希子さん……」


「はい……?」






「塩おむすび……」




「はいっ……!」


 私と万希子さんとの間で、それ以上の会話は不要だった……。


「舞さん……」


「万希子って呼んで下さい……」


 煌びやかに輝く髪をなびかせ「懇願」する万希子……。


 その時、私は本物の「快楽」を感じ、証として、女を「濡らす」……。


 私の「最後の晩餐」の選択を万希子は理解し、自分を呼び捨てで呼んで下さいと躰を少し捩り、頬を僅かに火照らせながら、ねだる……。


 こくり……。


 何も言わず、頷いた……。


「はあっ……」


 嬉しさ、快感をも伴った声を漏らし、万希子は様子を見にきたアリスと共にメインステージヘ駆け「降臨」してゆく……。


 そう……後悔する事なく、力の限り歌い、踊りなさい……力尽き、倒れたとしても、私はあなた達の躰を抱き上げ、再び純粋な魂と躰を蘇らせてあげる。






 ドーム内の照明が消され、ライブ開始のオープニングテーマが流れる……。


「オーイッ……オーイッ……!」


 テーマ曲のリズムに合わせて雄叫び、体震わす狂信集団……。


 詩織……。


 万希子……。


 愛人形達の姿が、スクリーンに次々と映し出される……メンバーが変わるたび、地鳴りの様な歓声が湧き上がり、オープニングはクライマックスに達してゆく……。


「ドォンッ……」


 それらを軽く凌駕する仕掛け花火の爆発音と風圧がドームに広がる。


 その瞬間、眩い閃光がメインステージから放たれ、僅かの静寂の後、楽曲のイントロが流れる……。


 閃光から解放されたメインステージには、ヴィーラヴが「降臨」し、踊っている。


 詩織が一歩前に出て、右手を高々と天頂に突き上げて、ドーム内をくまなく見渡す。




「札幌っ……行くよぉーっ……!」


 詩織の煽りに偽人達の声が、応える。


 その声はまるで、もうここで命が終わっても構わない……いや寧ろそうであって欲しい……そうして下さいと願っている様に私には聞こえた……。




 モニターを介しても伝わる彼らの情念……。


 何故か同時に別のモニターに映し出されていた天空は月が支配し、偽人達の咽び泣く声に耳を傾けているかの如く、純白に輝いていた……。

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