第174話
その入手困難さ故にプラチナを超え「ブラックチケット」なる称号を与えられた紙切れを得た者達の狂乱は、僅か数分で全てのグッズが完売した後も醒める事はなかった……。
会社を辞め、全会場、全公演を見届ける「巡礼者」も少なくないという。
開場時間となり、ドーム内になだれ込む偽人達……頭に推しメンの名前が施されたはちまき、煌びやかな刺繍の法被を羽織り、色とりどりのサイリウムを光らせ、扇子を振り、早くもアリーナ席に陣取る狂信集団……。
まだ開演してもいないのに、声援を開始する彼ら。
その時がきた……。
控え室を出た愛人形達が、一直線に並びスタッフ達と対峙する……。
汐らしく、詩織が語る。
「いよいよ、ラストステージになりました……スタッフの皆さんへの感謝を込めて、一緒に最後の気合い入れをしたいと思います……」
いつもなら、愛人形達だけで輪を創り、気合い入れを行う場面……しかし、ツアースタッフ達の渾身的な働きぶりに心打たれた愛人形達の、これがせめてもの感謝の気持ちを示す表現なのだろう。
最後公演を完璧に成功させる「演出」……。
遠慮してまだ集まりが悪いスタッフ達に、モカとモコが手招きする……その曇りなき笑顔に吸い寄せられ、かなりの人数のスタッフ達と愛人形達が互いに手を取り合い、大きな輪を創ってゆく。
その場が一瞬、鎮まる……。
詩織が、完成した輪を丁寧に見渡し、ひとりひとりに語りかける様に紡ぐ……。
「スタッフの皆さん、鳴かず飛ばすのデビュー時代から今日まで私達ヴィーラヴを支えて頂き、本当にありがとうございます……」
詩織に続き、頭を下げる愛人形達……。
「福岡から始まって、大阪、名古屋、東京……そしてこの札幌まで皆さんと共に全力で駆け抜けたファーストライブツアーも、いよいよ最後の公演となりました……私達がいつも全力で歌って踊る事ができるのも、朝早くから深夜までヴィーラヴを裏で支えて下さっているスタッフ様ひとりひとりのまごころだと思っています……」
感極まった詩織の瞳からは、涙が滲む。
詩織の言葉に天井を見上げ、これまでの道のりを想い返し、はばからず涙する者……じっと聞き入っている者……スタッフ達の反応と表情は様々だ。
「皆様それぞれに、私達の未熟さ、時にわがままぶりに怒り、辛い時期もあったと思います……でも、でもそんな私達にも、いつも笑顔で優しく接してくれて……支えてくれて……見守ってくれて……本当に嬉しかったです……この場をお借りして、私及びメンバー一同、皆様に厚くお礼申し上げます……ありがとうございました……」
深く頭を下げる詩織……涙の粒が、床を濡らす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます