第173話

 クレーン車がアームを伸ばし、大型トラックから資材の入ったカゴを器用にメインステージ脇へ次々と降ろし、待ち受けていたフォークリフト車が降ろされたカゴを更に細かく必要な場所へと振り分けてゆく……。


「そこのパイプ……持ってこい」


 職人が声を飛ばす。


 指示されたパイプがどのカゴにあるのかわからず、右往左往する労働者達。


「そこのカゴにあんだろうがっ……!」


 動きの悪さに苛立つ職人……慌てて数人の労働者達がカゴから重そうなパイプを数本づつ抱え、職人に渡す。


 職人に怒鳴られてもだるそうに立ち、動かない労働者達も、責任者に促されて渋々体を動かす。




「バイト君……バイト君……バイトっ……!」


 名前の「ない」彼らを罵倒し、煽る職人……。


「今日のバイト……使えねぇな……」


「ったく、動き悪りぃ……」


 ふたりの鳶職人が私とすれ違った時、吐き出された本音。




 でもね……そう愚痴を言っているあなた達も、私の愛人形を輝かせる「道具」でしかないのよ。


「御苦労様……」


 自分が嫌な女に限りなく近づいてゆく……ふと笑い、額に手の甲をあてた。


 ここに留まっていると嫌な女が加速しそうなので、現場監督と図面を広げ協議しているツアースタッフに「後はよろしく……」と声をかけ、私はメインステージに背を向けた。


 フィールドを離れようという時も、職人達の怒号が鳴り止む事はなかった……。




 外の世界は粉雪が舞い、うっすらと地面を白く覆う……時折吹く風が、覆った雪を舞い上げる。


 見上げた空は灰色に曇り、夕暮れの月でも眺めようかと期待していた私の気持ちも、どんよりと沈む。






 最終日、最終公演の準備に休みなく慌ただしく動き回るスタッフ達……。


 彼らの表情には疲労感が伺えるが、それを凌駕する充実感、高揚感が細胞を活性化させ、意識と体を機能させているようだった。


 既に最寄り駅である地下鉄東豊線の福住駅から札幌ドームに至るまで、偽人達は数珠繋ぎ状態になり、その影響なのか、交通の動脈たる国道36号線でも局地的に渋滞が発生している……と、あるスタッフが「嬉しそうに」言っていた……。


 いよいよ最後の「儀式」が始まる。


 儀式の前に、公式グッズの販売が開始された……群がる偽人達……修羅場の場内。


 悲鳴と怒号……歓喜の声と子供の泣き声……最後公演ともなると一層、それらが増幅され「地獄絵図」に拍車がかかる。


「慌てないで下さい……!」


「押さないで下さい……!」


「順番に並んで下さい……!!」


 鳶職人達に怒鳴られた「人種」とは異なる労働者達の最後には怒鳴り声にも、偽人達は耳を貸す事もなく、我先にと「果実」を貪る。

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