第145話
綴るたびに、白くなった肌が温もりを失い、眼が狼狽して瞳の輝きがなくなってゆく明子の様子が、面白くてたまらない……。
あんなに傲慢で、人を蔑んでいた明子が、全てを晒され、小動物の様に小刻みに震える……。
「あら、どうしたの……急に顔色が悪くなってしまって……唇もこんなに青紫色に変わって……」
欺きを紡ぎ続けた唇に指を這わせ、わざとらしく言った。
「可哀想に……綺麗な顔が台無しよ。しょうのない子ね……私が化粧を施してあげるわ……」
私は明子が弄んでいた口紅を取り、唇に押しつけた。明子は、ただ黙って鏡に映る自分の姿をぼんやりと眺め、抵抗しない……。
唇の中心を起点に、明子が息苦しくなる程に口紅をあてがい、上唇を塗り潰し、続いて下唇に取りかかる……その間も明子は動く事も、暴言を吐く事もなく静かだった……。
下唇も塗り終えた……血が循環せず、白くなった顔と肌に、真紅に仕上がった唇が異様に鏡に映る。
「どうかしら、これで少しは人間らしくなったかしら……」
予想以上の仕上がりに高揚し、私の声は弾む。
明子から応えがないのは、わかっている。
「ふふっ、でもね明子さん……この鏡に映るあなたが、真の自分だと思ってはいけないわ。私が施した顔も、明子さんの本当の姿ではないのよ……」
「えっ……」
かすれた声で囁く明子……「どうして……」と私に問う様に瞳が焦り、縋る……。
「私が、あなたの真の姿を描いてあげる……」
私は、嬉しさを噛み殺して言い、唇の端に口紅をあて、力を込めて一気にこめかみにまで紅を引き何度も塗り重ねた……反対側も同様に描き、明子の真の姿が顕になる……。
「これが、本当のあなた……」
鏡には、口がこめかみにまで裂けた、まるで肉を喰らう獣の様な残忍な顔が映る……。
私の声に、焦点が定まっていない眼を、鏡に映し出された真の自分の姿と対峙させる明子……。
「くわっ……」
眼を剥き出し、口が裂けた獣の顔に驚き、白くなっていた肌が赤黒く変化し、呼吸が乱れる明子。
「うふっ……ようやく気づいたわね……」
背中に手を置き、乱れた明子の呼吸を整えようと優しくさする……。
「可哀想に……怖いのね、ここに映る自分が」
「…………」
「今、この鏡に映るあなたが明子さんを乗っ取り、心に寄生し、魂という甘い蜜を吸い尽くしている……他でもない明子さん自身が生み出したもうひとりの自分……それが、偽人という存在よ……」
「こ、これが……私……」
蜜に代わって「苦い」汗が滲み出す……。
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