第109話
嫌だ……どっちも嫌だ……躰が震え、小刻みに首を横に振る。
そう……トレーの上で切り身の状態で海を泳ぎ、地を走り、空に葉を広げ、地中に根を生やしているのではない……それぞれの形、思考で彼らは生きている……。
私達は、彼らの尊い「犠牲」によって命を存続させ、次世代へと種を繋いでいる。
「私達は尊さを忘れ、食の快楽に浸り過ぎたのね」
そうなのかもしれない……命を弄び、暴走した。
命を「頂いて」いるのに……。
「この世界で生きてゆく資格なんて人間にはないんじゃない……マイマイ……」
詩織の瞳が、私を睨む。
人間が世界からいなくなっても「誰も」悲しまない……瞳の奥の真意で詩織は問う……。
「どうなの……マイマイ……」
表情などない筈なのに、強く同意を迫る詩織。
詩織の言う通りかもしれない……人間が消えても「誰も」涙を流す事はないのだから。それどころか、これまで人間に命を翻弄された者達は、狡賢く残忍な私達が消滅した現象を歓び、新たな歴史を刻んでゆくのだろう……「母体」も密かにそれを望んでいるのではないか……。
「そうだよね……マイマイ」
私の思考を詩織は感知し、応える……言葉に出す出さないの問題ではなく、躰と躰、心と心、魂と魂の感じ合いによって、彼女達と対話を行っている。
違和感など覚えない……もう無意識に私の感覚の全てが異様な空間と現象に対応し、言葉を紡ぐ必要がなくなっていたのだ……。
「ふふふふっ……」
にやりと口元を緩める礼子さん……。
「何ですか……」
「何でもないわ……」
一時、私に視線を飛ばした後、詩織を眺める礼子さんには読み取れるのだろうか……。
私の心情が変異して、ゆっくりと自分の描く方向とストーリーに傾きつつある工程が、躰から透けているのを……。
「でも、この程度の理由だけでは舞さんも納得しないわよねぇ……」
「はい……こんな理由では……」
「こんな理由……それこそが本質なのだけれど。まぁいいわ……本質をもっと理解してもらう為に、もう少し理由を提供してあげるわ……」
「生きる思考」
「命の尊さ」
そこに礼子さんは「カネ」を理由として加えた。
これまでに語られた「理由」だって、普通に生きている私達からすれば突拍子もない話であり、他の人が聞けば一笑にふされ、変人扱いされる……それを構わずに益々自信ありげに「凡人」達が考える事のない領域から礼子さんは尚も語りかける……。
「お金もね……あり過ぎると扱いに困ってしまうのよ……舞さんもわかるでしょ、なんとなく……」
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