第108話

 だが、単に置き換えるなら……


 人間の幼児の肉……。


 肥大化した肝臓……。


 人間の臓器……腸、舌……。


 そして……脂肪肉となる。


 そう想像した瞬間、美味しい、柔らかい、心地良い風味や食感に悦に入っていた感覚を、酸味がかった胃液が否定する様に溶かし、撹拌して私の腹の中で波打ち、暴れる……。




「うっ…………」


 手で口元を押さえた……。


 何も、生産者を糾弾して否定するものではない。彼らだって、手塩にかけて育てた命を「出荷」する時には心が痛み、その度に涙を流す。育てた命と引き換えに彼らも命の糧を得る……命と命のやりとりの最前線に彼らはいる……植物、穀物を育てる者、海や川の命をやりとりする彼らも、同じ想いに違いない……礼子さんは、そう言う……。


 ひるがえって、私達はどう思っているのか。


 スーパーや食堂、ファストフードにレストラン。そして食卓……美しく陳列され、安く、早く、旨く、芸術作品のごとく飾られ、調理しやすく加工、包装された食材を用いた団欒……。


 僅か一瞬でもいい……尊い命を感じる想いが、私達にはあったのか。


 なかったのだろう……いつの間にか薄らぎ、危機感が欠如してしまった……では、私の乏しい想像力を駆使して「食われる」立場の人間を頭の中で描き、思ってみる……。


 様々な権利、人格など与えられるべくもない。ただ人工的に交配され、命が大量生産される……徹底した管理の中で育て上げられ無論、服などありもしない……裸のまま生き、喜びも悲しみも、恋も愛も知らずに「食べ頃」になったら命を閉ざされ出荷、加工されてゆく……。


 人間のモモ肉、胸肉……食感や味によって切り分けられてゆく体。そして当然の様に臓器類は珍味として珍重され、果ては脳までも私達人間が食べ尽くされる世界……。


 しかし、その世界はあくまでも人間より科学技術や知能が優れた存在が私達を支配、食する風景を前提としたもの……。


 もし、現世界の「食われる」者が、何らかの理由で食物連鎖の頂点の座を私達から奪っていた場合はどうなるのか……。


 そうなった時、私達はただ食われるだけになる。


 怯え、逃げ、捕まったら最後、彼らの欲のままに食いちぎられる……肉は飛び散り、臓器は垂れ流れ、そこに「情」などない……残骸でさえ、小動物につつかれ命を終える……。


 私達のしている事と同じではないのか……。


 私達は……


 管理され、殺される……。


 食いちぎられ、棄てられる……。


 どちらを選択するのか……。

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