「心と魂の旅路」

第92話

 私の運転する車は、ワインディングロードを疾走する……。


 華麗なクーペスタイルのボディー、エンジンの鼓動、ステアリングの感触、グラフィックが美しいメーター、身を預け、しっくりと馴染む専用スポーツシート……紛れもなく私が所有し乗っているいつもの車……。


 低い視界が演出する心の高揚感……流れゆく景色に抗うミサノレッドパールエフェクトのフロントフード……。


 デイトナグレーパールエフェクトを纏う自車とは違う鮮烈な赤は、私の瞳を刺激し、同時にこの車、この世界は現実ではないと私に告げている。


 道路の両側や連なる山々には、桜が咲き乱れている。走っても、走っても、この風景が無尽蔵に現れ、過ぎ去ってゆく……。


 先行車、後続車、対向車も「いない」私だけの世界の曲がりくねった道を、登っては下る……ステアリングを左右に回し、スロットルを開放し、抑制する。減速し加速する……。


 一連の動作を淀みなく、繰り返してゆく……。


 ワインディングロードを抜け、平坦だが緩やかなカーブが連続する道を走る……この時点で、センターラインの存在など無視していた……だって「誰も」いないのだから……。


 都内や首都高速では出し得ない速度までアクセルペダルを踏み込む……普段使いではその実力を出しきれない高性能版のエンジンも、少しは能力の一端を披露した喜びを、トルクと歌声で私に伝える。


 窓を開けた……凄まじい風が私の髪を乱す……エンジン音とタイヤが路面と接地し、前へと蹴り飛ばすロードノイズだけが、この世界の唯一の音源。


 桜を慈しむ鳥達の声や、虫達の囁き声が聞こえてこないのが、寂しくもある……。


 少しきつ目の左カーブにさしかかる……縁石に触れようかという所までイン側にステアリングを切り込み、カーブを抜ける絶妙なタイミングでスロットルを全開放する……。


 僅かに挙動を乱し、少しカウンターステアをあてたが、この車の四輪駆動システムは以降、自身の無礼な振る舞いを見せる事はなかった……。


 官能的なエンジン音……路面状況を的確に伝えるサスペンション……尋常でない速度……。


「素晴らしい……」


 車内に侵入する風も、私の高ぶる心を冷却するには物足りない……。




「雪…………?」


 フロントガラスにそれが当たっては、後方へ飛ばされてゆく……。


 速度を落とす。


 ひらり、ひらりとフロントガラスに降り積もる。


 桜の花びら……。


 車を完全に停止させる……。


 窓からは、花びらと一緒に私の髪を緩やかに揺らす風が入る。


 無数の花びらが、風に揺らめき……舞う。


 この世界は……私の潜在意識が望み、導いたものなのか……。


 時は刻々と過ぎてゆき、尚もフロントウインドウに花びらは降り積もり、埋め尽くす……。

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