第90話
急遽キャンセルといっても、全てはタワー内で調節、変更できる仕事内容……話を聞くと、私の打ち合わせは明日だけ……明後日は休める。いや……本当は休みなんていらない……礼子さんに期待されているのが嬉しいから……。
「これからも、彼女達をよろしくね……」
「はい……」
デスクの電話が鳴った……。
にこりと笑って席を立ち、礼子さんは受話器を取る。
先程とは話し方が違い、柔和な仕草と口調……親しい人との会話に、私は察して席を外す事にした。
「私は失礼します……」
社長室を出る時、デスクに腰かけ、会話している礼子さんに一礼する。
軽く手を振る礼子さん……ガラスウォールから射し込む夕日が礼子さんの姿を照らす……その顔は更に美しくもあり、しかし何処か陰りの存在を匂わす、妖しい表情にも見えた……。
こんなにも、見える景色が違うのか……。
ミニヴァンの高い視界とは異なる、低い私の車の運転席から見る風景は「狭い」……。
それも、高速道路を走る頃には着座感に脳と躰がシンクロし、私に戻ってゆく……。
高速道路を降り、ナビに導かれて閑静な住宅地を抜ける……進んでゆくに従い、徐々に住宅の数は減ってゆき、やがて道の両側は鬱蒼とした雑木林が囲む。
空は灰色……雲はどす黒く、それぞれが不気味な形で浮遊して、僅かな切れ間から鋭い太陽の光が射し込んでは、すぐに切れ間が閉じる過程を繰り返す、妙な空模様……。
「嫌な空……」
朝から続く軽い頭痛が加速されそう……。
早く抜け出したいと、アクセルペダルを私の意思は強く踏み込む……。
やがて雑木林は、きちんと間隔を整え明らかに人工的に植林されたとわかる木々の列へと変わる。
整然と配置……管理されて「綺麗」だが、ありのままの勢いと、生命力が感じられない光景に、不安な気持ちが芽生えてくる……。
しばらく走っていると、右手にこの施設の唯一の出入口ゲートが見えてきた……。
チェックを済ませ、施設内を進む……。
あらゆる国内企業の連合体と政府が出資し合い、再びこの国の技術力、国際競争力を高め、先端技術を共同研究、開発、製造して国際市場においてイニシアチブを握り、優位性と発言力を確固たるものにすべく設立された財団法人の建築物が広大な敷地に点在している。
建物と建物を繋ぐ様に緑が美しく、良く刈り込まれた芝生や、花々で彩られた庭園、池などが、ガラスで覆われた建物達に潤いを与える様に配置されている……。
ヴィーラヴは、財団法人の認知度を上げ、国民に関心を持ってもらう役目と、彼女達自身がこの財団法人が最初に国際市場に送り出す優良なコンテンツとしての戦略的役割を与えられ、それらをふんわりと包む意味で「親善大使」という肩書きを「賜り」任命された……。
来週には、この場所で任命式と記者会話及びコマーシャル撮影が行われる……しかし、ヴィーラヴが親善大使という事実はまだ伏せられており、サプライズとして当日、華々しく御披露目される。
今日は詰めの打ち合わせと、各企業、政府の要人らに型通りの挨拶を礼子さんとする為だ……私が先着し、礼子さんは遅れて合流する。
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