第89話
呟きとも違う、呪文じみたアリスの仕草……。
「んもぅ、恥ずかしいよぅ……」
スマートキーを私に投げ、逃げる様に走り去るアリスの顔は赤らんでいた……。
何を言っていたのかは、わからない……。
「早くっ……マイマイっ……」
アリスの照れた声。
「では後はよろしくお願いします……」
「かしこまりました」
女性に言い、アリスの声を追った……。
「待たせてごめんなさい……」
電話を終えた社長がソファーに座る。
記者会見が終了した後、大きな案件の仕事の打ち合わせをしたいと、社長に呼ばれた……ヴィーラヴは各個人の仕事が幾つか残っているものを消化している……。
「どうしたの……何だかぼぉーっとしている様に見えるけれど……」
「いいえ、ここまで色々あって……それで」
流花と葵の関係、私との事は社長には話していない……もとより、言えない……。
「そう……何か悩み事があったら言ってね……色々無理をさせてごめんなさい。でも、舞さんはとても良くやってくれているわ……メンバーやスタッフの皆も舞さんの働きぶりには感謝していると言っているわよ。やっぱり、私の目に狂いはなかったわ」
社長の眼は鋭いが、不思議と冷たい感覚は伝わってこない……眼球の裏側に優しさの甘い水を湛えているかの様に、瞳は潤っている……。
「社長にそう言って頂けると、あの時思い切って決心した甲斐があります……」
「ふふふっ……」
「何か私、おかしな事を言いましたか?」
「いいえ、そうじゃないのよ……それと、社長はもういいわ……これからは、礼子と呼んでもらえるかしら……」
「いいんですか……社長……あっ、いえ、礼子……さん」
「いいのよ……」
これも、私を認めたという証なのか……けれど、顔を横に逸らしてしまう。会社のトップを「礼子さん」と呼ぶ恐れ多さと、静かにこみ上げてくる嬉しさが、私の中で同居する……。
「本当に真面目なのね、舞さんは……」
「いいえ……その……嬉しいです……」
かしこまりつつ、声は跳ねる……。
礼子さんに重ねているのだろうか……母の姿を。
「本当は舞さんにもゆっくり休んでもらいたかったけれど、今から話す仕事は今後、ヴィーラヴにも会社にも大きな発展が見込める案件だから、もうひと頑張りしてもらうわ……お願いね、舞さん」
「わかりました礼子さん……私の事は気になさらないで下さい」
明日から2日間、スケジュールを急遽キャンセルして、ヴィーラヴに休みを与えた礼子さんは、私に申し訳なさそうな表情で言った……。
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