第69話

 しかし「サウス」に存在を感じない以上、葵と流花は「イースト」の何処かに潜んでいる……彼女達も私も「逃げ場」はないのだ……。




「こっちだよ……マイマイ……」


 囁く様な流花の声に導かれ、リビングダイニングルームを抜けて更に廊下を進むと、ドアが開放されている部屋に行き着く……中に入ると葵と流花はそこにいた。15帖程のマスターベッドルーム……葵はクィーンサイズのマットレスに躰を投げ出し、俯せで泣いている。流花はマットレスに腰かけ、葵の背中を優しくさすり、介抱している……。


 部屋の窓から注ぐ夜景の輝きで、表情は伺えた。


 隅にあった椅子をマットレスに引き寄せて座り、私は葵と流花と対峙した。


 明日……正確にはもうすぐ訪れる新しい日も、終日ダンスレッスンの予定が組まれている。私も自宅でまとめたい資料がある……長く時間を割いてもいられない。


「アリスは冗談交じりにああ言っていたけれど、葵が否定した通りでいいのかしら……」


 問題の核心を突いた……。


『…………』


 黙る二人。


「葵、流花、はっきりして。わかっていると思うけれど、ダンスレッスンは明日以降もしばらく続くのよ……言っている意味はわかるわね。こんなメンバー同士の煮詰まった状態で良い事は何もないわ……だから、本当の事を言って……」




「ごめん……マイマイ……嘘ついてた……」


 流花が、後悔じみた瞳と声を堕とす……そして……


「私達……つき合っているよ……アリスの言う通り百合系って感じの……深いよ……」


「そう……」


 単に、いちゃつく程度から愛し合う関係まで……段階は様々だが、最後に「深い」と言った流花の真意は何であるのか……。


「互いに本気で好きなんだ……純粋に恋愛関係だよマイマイ……」


 妖しい眼で流花は私の心を読み取り、言う。


「もうわかるでしょ……マイマイ」


 何処となく、晴れやかな表情に変化しつつある流花。抱えていた秘密をやっと打ち明けられた事に心と躰が「冗舌」になっている……。


「キスもするし、躰を求め合う……もうとっくに一線を超えてる……」


 私をも、自分達の世界ヘ誘うかの様な仕草の流花。


 それが私の「性質」なのか、違和感は覚えない。少なからず女子校在学時にもそんな風な光景は眺めてきた故の「耐性」が備わっているのか……女性同士が愛し合う概念に抵抗はない。当事者同士が合意の上で、周囲に波風立てないのならば「愛」を育む営みに反対はしない。


 けれど、私達と葵、流花との状況は、良好な関係性に亀裂を入れる……。

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