4「理性と感性」
第62話
アリスの件は、私が報告するまでもなく社長は事実を把握していた。
あの時、アリスがメールのやり取りをしていた相手は社長だったのだろう……アリスの今の母親は社長なのだから、成り行きとしては当然だ……。
母親……社長にとっては造作のない簡単な作業なのだろう……アリスの親族を巧みな手を使い納得させ、味方に引き入れ、仕上げに両親から親権を喪失させて自らが母親となる。
巧みな手……どんな手段を用いたのかはもう、想像はつく。
私は社長に詫びた……結果的に「カネ」で解決せざるを得なかった事を。
「アリスが迷惑かけてごめんなさい……実は夜中にアリスから電話があったの……泣いていたわ。万引きした事と、メールで軽く私に報告した事も謝っていたわ……勿論、きつく叱ったわ。馬鹿っ、何やってるのと怒鳴ってやった……アリスも舞さんに迷惑をかけ、辛い思いをさせたって更に泣きじゃくって言うのよ……最後には鼻水混じりの声で舞さんの想いが伝わって罪を認識し、立ち直るって誓ったわ。私も母親失格ね……私もアリスも馬鹿な女と娘でごめんなさい……そして、ありがとう。事後処理は私がしておくから心配しないで。それと、舞さんは決して間違ってはいないわよ……本当にありがとう……」
心を込めて言い、私を抱きしめて労ってくれた。
密かにカネは二人に渡った……それを喜んで受け取ったと、アリスの言う「専門の人間」から後になってこっそり聞いた。
黒づくめやサングラスでもなく、この人が?と思う様な物腰が低く紳士的で、穏やかな語り口の笑顔が爽やかな男性から……。
「それにしても……」
男性が思い出し、少し笑いながら言った。
「何かありましたか?」
私が訊ねると男性は……
「いえね……処理を終えて帰る途中、バックヤードでパートの女性が男性社員に怒号を浴びせていたんですよ……商品出してこいとか、動きがトロいんだよとか、最後には辞めちまえ……なんて。それを他のパートさんや社員達が遠巻きに眺めて笑っているんですよね……いやぁ、女性は強いなぁとつくづく思いましてね……」
「そ、そうですか……」
私は曖昧に返事をして、男性に礼を言いアリスに関する事象を締め括った。
男性も私の意図を理解し、深々と礼を返し互いに別れた……。
人の立場は、一瞬で入れ替わる……肩書きなど意味を持たない。あの女性の「帝国」がいつまで続くのかはわからない……しかしそれはアリスが遺した厳然たる「傷痕」であり、彼女らの行く末をほんの少しだけ私は案じた……。
ドロシーエンタープライズでは、ヴィーラヴに携わる者は全て社員として雇用契約している。
彼らのみが、ヴィーラヴを煌めかせる事を許され、フリーのクリエイターは一切、ヴィーラヴとは関われない……。
故に優秀なフリークリエイターは、社長がたっぷりと「果実」を与え社員としている。
「私はね、許せない事があるの……」
ある日、ぽつりと社長は言った……。
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