第61話

 状況に応じ、陽と陰の顔を巧みに使い分けるアリスのそれは、地獄の家庭環境を体験した末に身につけた、彼女なりの生きてゆく為の処世術なのか。


 その狡猾とも思える戦術さえも、愛される力へと変換させ結果、何処か憎めない性格と少女の可愛らしさが同居している不可思議の国のアリス……。




 店内が客で賑わい始めた……誰かがネットにアリスの存在を書き込んだのか……。


「ええええぇっ……」


 追加オーダーのパフェをキャンセルし、私達は店を出た……店内に響く残念そうな声を上げるアリスを宥めて……。




 24時間、ドアマンが常駐するメインエントランスで、馴染みのドアマンに敬礼するアリス。仄かに表情を和らげるドアマン……これが互いの日常の挨拶なのだろう。


 すっと振り返り、私に手を振ると小走りでエレベーターホールへ消えたアリス……。


 赤坂にありながら、緑に囲まれた丘の上に聳える45階建のタワーマンションの最上階が彼女達の住まい。窓を頼りに、上に向かって数えてみる。


 5階、10階、11、12……とても最上階の灯りなんて見える訳がない。


 首が痛くなり、数えるのを諦める。


 腕時計を見ると、今日という日がもうすぐ終わろうとしている。


 数時間後には、社長に報告しなければならない。何が起こり、どう解決したかを……。


 再び空を見上げる……漆黒の空に、青白い満月が輝いている。




「これで良かったのよね……」


「私、このまま進んでも大丈夫よね……」


 満月に問う……。


 無論、月は何も言わない……。


「そうよ……」


 月が語りかけるなんて、ある訳ない。


 車の短いフロントノーズに凭れていた躰を起こし、妙な私の行動を見ていたであろうドアマンに会釈した……ほんの一瞬、私に目線を合わせるドアマン。そしてすぐに、厳粛な表情で元の位置に目線を戻し、佇む。


 彼の気遣いに照れ、私はそそくさと車に乗り込み、マンションを後にした……「黒い」緑の闇をLEDオートハイビームライトが切り裂いてゆく。




「でも……少しだけ期待していたの……あなたの答えを……」




「あるがままのあなたでいいのよ……」




「なんて……」


 全く私って……


 都合の良い女だわ……。

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