第60話

「ココア冷めちゃったね……」


 アリスが、くすりと笑いながら言った。語気を強め、呆れ笑っていた表情は消えている。


「そんな事はいいの……それよりアリス、聞いて」


「うん……」


 何を言われるのかを私の声色、雰囲気から解析し、かしこまって身構えるアリス。


「復讐……その為なんかに万引きなんて行為は、絶対にしてはいけないわ……ただ、アリスの心が汚れてゆくだけよ……」


「う、うん……」


「ヴィーラヴや、アリスの商品が万引きされたらどう思う……それこそ復讐だなんて言われたら、アリスは納得する?しないわよね……」


 小さく頷いたアリス。


「売る側、買う側……それは互いに繋がり合っているの。芸能人だから何をやっても許されるとは思わないで。ヴィーラヴには、皆の見本になって欲しいの……アリス達にはそれが可能だと信じている。だってヴィーラヴは、誰に対しても分け隔てなく接して、礼儀正しく等しく笑顔を振りまく……故に皆から愛されている。だからこそ、万引きなんてしてはいけないわ……小さな綻びが、やがては全てを巻き込んで取り返しのつかない事態を招いてゆく。それは悲しく、不幸な事だわ……だからもう、そんな事しないで……」


 自分が好きになる……自分を信じよう……。


 川井出と多田坂に放った言葉は、アリスが自分自身に向け、無意識に心から発信されたものではないか。それ程に、過去に取り憑かれた自分が嫌だったのか……。


 私も……同じ……。


 何度も小さく頷き、私の言葉を含み入れるアリス。


「約束してアリス……もう万引きなんてしないって」


「…………」


「アリス、聞いているの!」


 私の声が店内に響く……「何事か」とまばらな客達がこちらを見る……が「何か問題でも」と私の顔に書いてあったのか、それとも物凄い形相だったのか、眼を逸らし、それぞれの会話に客達は戻ってゆく。


 アリスも驚いたのか、躰が縮こまっている。


 私も「愚か」だった……あの二人の真の意図はともかく、場合によってはアリスの頬を張ってでもきちんと謝罪させるべきだった。だからこそ、この場でアリスを更生させなければならない……これは私の罪でもあるのだ……そんな自戒の念を込め、アリスに言う。


「アリスのした事は、犯罪なの……本来なら警察沙汰になる事はわかるわね……アリスだけじゃない、私も罪を犯したわ。アリスに頼り、ひどい提案をした……馬鹿ね私は。もっと私にきちんとした対応力があれば良かったのだけれど……世間知らずな馬鹿な女でごめんなさい……だから、馬鹿ついでにもう一度言うわ……万引きは犯罪……アリスのした行為は大変な罪。周りをも不幸にする愚かな行為……もう二度と万引きなんてしないで。私の想い、伝えたわよ……」


 キュッと唇を結び、犯した行為の愚かさを恥じ、自らの心と向き合い、対話するアリス。




「自分でも、バカな事したと思う……マイマイ、ごめんなさい……」


「本当にマイマイが来てくれて、そしてアリスの事を叱ってくれて嬉しいっ」


 いつもの人懐っこい、誰からも愛される笑顔と、清らかな瞳で私を見、言った。


「わかってくれて、私も嬉しいわ」


 愚かな行為はもうしない……アリスの笑顔で確信した。




「えへへっ……」


「どうしたの?」


 両手の拳を組み、手首を左右にくねくねと動かし、アリスはいじらしく私を見つめる。


「何処となく似てるんだよね……楽しかった頃のママにっ……好きっ……」


「そ、そうなの……」


「うん……でねっ、マイマイっ……」


「何かしら……」


 まだ何か隠し事があるのか……身構えた。




「パフェ、追加オーダーしてもいいかなぁ」


「ふぅ……」


 何処までが真実で、何処までが虚構なのか……その境界線でアリスに弄ばれている感覚……。


 それを、悪くないと思ってさえいる私……。

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