第59話
「川の流れを見てるとね、自分の躰が流れに乗ってすうっと流される感覚になるんだ……いっそ、このまま川の中に入って流れに任せて……」
「けどねアリス、踏み留まったよ……アイドルになりなさいって……礼子さんの言葉、思い出して。だから、あの日からアリスのママは礼子さんなんだ」
「私……何も知らなくて、ごめんなさい」
「ううん、気にしないでよマイマイ……きっと礼子さんなりの気配りだと思う。実際、メンバー同士でも互いの家族の話ってしないよ」
「まぁ、復讐だよ、マイマイ」
「えっ……」
「さっきのスーパー、パパとママだった人がいた所の系列なんだ。アリスの家庭は崩壊したのに、客、社員、パート達は平然と買い物したり、働いてさ……何だよ、どうしてって……」
伏せていた身を起こし、眼をしかめ低い声で言う。戸惑いと憎しみの感情が練り合わさっているかの様に……。
突いていたアイスクリームは、チョコレートソースと絡み、液体化していた。
「あんな外資に買収されなければ、アリスの家庭も違う道を辿っていたのかなぁ……効率だの成果主義だの……下らないったらありゃしない。互いにいがみ合って、何の得にもならないよ……ったく秘書をはべらしてる役員や社長らは何してたんだろうね。きっと自分の保身しか頭になくて、社員やパート達の心なんて気にも留めてないんだね……そんな事考えて、気がついたらいつも商品、盗んでた……」
戻った生気が、怒りに変換されて語気を強めるアリス。
「罪悪感なんて、なかった。たかが商品ひとつやふたつ盗られたって、上の奴らなんて痛くも痒くもないんだ。アンタらが無能だったからアリスの家庭はメチャクチャにされた……アリスがどれだけ商品盗んだって、お前らにアリスを裁く権利なんてない。アリスに対して償いきれない罪がお前らにはあるんだって……だから、復讐だったんだよマイマイ」
自身にも、彼らにも向けられたものなのか、呆れた様に薄く笑うアリス。
「あの川井出って店長、パパだった人と同じ眼をしてた……危ないよ、限界って感じだった。アリス、ちょっと辛かったよ……多田坂も同じだね。二人とも可哀想に……」
アリスに駆逐され、打ちひしがれている二人の姿が浮かぶ。
が、カネを払うと言った私を、天使でも見る様な眼差しで私に縋り、アリスの呪縛から解放された歓びを全身から滲ませた川井出と多田坂。
なる程……。
カネという「果実」を得られるならば、アリスによる「凌辱」も甘んじて受け入れ、耐えたのか……一応、店長として、保安員としての「筋」は通してはいる。
「くっ……」
下唇の端を噛んだ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます