第44話

「あぁんもぅウザイなぁ……だからぁ、カネを払えばいいんでしょっ、カネをさぁ……」


 やってしまった……逆ギレだ……。


「何いいぃっ!」


 遂に堪忍袋の緒が切れた川井出は、おもむろにソフトキャンディーを鷲掴むと立ち上がり、アリスに向けて思い切り投げつけた。


 鈍い音でアリスの右肩に当たり、床へ落ちるソフトキャンディー。手で肩を払い、動ずる様子もなく川井出を睨みつけるアリス……この態度が、余計に川井出の神経を逆撫でした。


「テメェふざけんじゃねぇよ!悪いのは明らかにアンタだろうがっ!悪い事したら素直に謝るのが筋だろうがっ!……アイドルだからって許すとでも思ってんのか、この野郎っ!」


「…………」


「チッ……がっかりだよ。俺の中1の息子はさ、ヴィーラヴの中でアンタが1番好きって言って、この間出たアルバムも、やっとの思いでプレミアム限定盤を手に入れて凄く喜んでさぁ……それなのに、何だよその態度。高2の娘だって、アンタらが目標で憧れだなんて言って、その時だけ俺と話するんだよ。普段は二人とも俺とは会話もしないのに……それが、本人が万引きして、反省する気がないならもう、警察呼ぶしかないね!」


 川井出はそう言うと、アリスに諦めた様に深々とソファーに身を沈めた。




 土下座…………。


 そんな行為が頭をよぎる……何としても、警察沙汰は避けなければならない。


 ずっと膨れっ面で謝らないアリス……私が謝罪するしかない……。


 額を床に擦り、何度も何度でも謝罪しなければ……事を穏便に済ませてもらうまで。


 決意し、行動に移そうと腰を浮かせたその時……。




「もういいよ……わかったよ、マイマイ……」


 どの様な心境の変化があったのかは不明だが、過ちを認め、やっと謝る気になったのか、立ち上がりながら華奢な腕で私の躰を優しくソファーに戻し、天使の様にアリスははにかんだ。


 アリスの言葉を聞き、川井出の諦めと怒りの表情も少し鎮まった様に見え、無言の多田坂と謝罪の言葉を待つ。


「ふうぅ…………」


 アリスが息を吹く……。




「説教は終わったかい?資本主義の市場原理経済システムの歯車に成り下がった、偽りの人生の敗北者どもがっ!」


 アイドルの皮を被った「小悪魔」が、決定的に不利な状況を覆すべく、仁王立ちで腕を組み、川井出と多田坂を哀れみの眼で見つめ、そして「規格外」の謝罪を放った。


 アリス以外の全員が、固まった……4次元的な「口撃」に、一般的な思考は停止する。

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