第43話

「おたくの事務所は一体、どういう教育をされているんですか……」


 アリスのふてぶてしい態度に目をやりつつ、川井出が切り出す。


「申し訳ありません……本人からもきちんと謝罪させますので……」


 再度頭を下げながら言い、テーブルに視線を向ける。そこには、皮肉にも葵とモカ、モコが宣伝する両社の板チョコレートに、ブルーベリー味のソフトキャンディーが3個……アリスが万引きした商品が置かれている。


 お金なら、ある筈なのに……。


 アリスの無責任で、身勝手で、稚拙な行為に落胆した。


「どうして、こんな事したの」


 張り上げたい声を押し殺し、アリスに答えを求めた。


「スリルぅ……」


 頬を膨らませ、仏頂面のアリスは反省のない声色で答えた。


「アンタねぇ、スリルで店の商品を万引きされたんじゃ、たまったもんじゃないよ」


 ふざけた態度のアリスを睨み、川井出は激しく言った。


「アリス、スリルなんてふざけてないで、きちんと謝りなさい」


 私もアリスを強く見た。自分の愚かさを認め、謝罪して欲しかった……私の入店方法、他の人間の目の触れない「個室」での対応は、店側の特別な待遇であるのは明らかだ。


 しかしアリスは、私や店側の想いなど無視して更に不貞腐れる。


「んだからさぁマイマイ、スリルって言ってんじゃん……ゲームなの。バレなかったらアリスの勝ち。バレてパクられたらアリスの負け。それだけの事じゃん……」


「そうじゃないでしょう、アリス」


 アリスに激しく迫った……何故、素直に謝れないのか。川井出と多田坂の表情も険しさを増し、今にもアリスの胸ぐらを掴みそうな勢いで視線を刺す。


 けれど、アリスは二人を見下し、挑発する。


「んもぅ、超ツイてないよ……もう少しでアリスの勝ちだったのに。つまんないっ、最悪っ」


「さっきから聞いてりゃぁ、いい気になりやがって……調子に乗ってんじゃねぇっ!」


 激しくテーブルを叩き、川井出が身を乗り出し、叫んだ。


「あのさぁ、おたくら芸能人だから特別にこうやって個室で対応してるけど、こっちだってその気になればマスコミにこの事を話してもいいんだよ。それを一応、国民的なアイドル様ですから穏便に話を進めようとしているのにさぁ……ったく、その辺のこちらの配慮も御理解して頂きたいですなっ」


 怒りが収まらない川井出の、嫌味な表現。


「たかがチョコレートとソフトキャンディーって言うけどさぁ、コツコツ商品売って毎日毎日、社員やパート達が血を吐く様な努力して、お客様に頭下げてやっと給料が貰える訳。スリルだなんて言ってお客様が全員万引きしたら、店が潰れるんだよ。わかってるのかっ……アンタ、本当にとんでもない事をしたんだよっ」


 正論だ……反論の余地もない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る