第42話

「先に気づいたなら、アンタが品出ししろよ……正規の休憩時間でもないのに何度もタバコ吸いやがって……」


 助けに入るでもなく、ただ一部始終を見ていた他の社員やパート達の恨みにも似た想いと視線が、喫煙所を突き刺す。しかしそれもつかの間「いつもの事」と諦めの空気を吐き出して、売場へ散る傍観者達。


 怒号を浴びせられた女性は唇を噛み、悔しさを全身から滲ませ、特売商品が満載されたカーゴ車を引き摺り、売場へ消えた……。


 寒気がする……この光景が「今」の全てを象徴しているのか。


 重く冷たいスチールのドアを開け、階段を上がる。皆、目が血走っていた。


 帰りたい……。


 でも……逃げられない……きっと私もアリスも、あの女性みたいに怒号を浴びせられるのだろう。


 深呼吸し、目の前のドアを開けた。


「高樹さんですか?」


 髪はオールバック、淡いピンクのシャツに細く赤いストライプの入った薄い黄色のネクタイに、アイボリーホワイトのチノパン姿の男が立っている。


 首から下げたストラップのネームプレートに、店長……川井出、その下に「お客様最優先宣言」というキャッチフレーズが記されている。


 私が詰所からすぐ来なかったせいか、先の言葉には幾分か苛立ちが込められていた。




「この度は、御迷惑をおかけして大変申し訳ありません……」


 深々と頭を下げた……しかし川井出は私の謝罪に反応せず背を向ける。


「本当に申し訳ございません……」


 背中に再度、謝罪した。


「こちらです」


 川井出が「応接室」とプレートが貼られたドアを開け中へ入ってゆく……私も彼に続く。


 10帖程の空間に人工皮革だろうか、所々表面が剥がれ、くたびれたソファーが対面し、間にテーブルが置かれている……窓はない。


「じ、巡回保安員の多田坂たださかです」


 ぶっきらぼうな口ぶりで立ち、私とは目も合わさずに川井出と共にソファーに腰を据えた。


 茶色に染めた長髪には白髪が見え隠れし、Tシャツにジーンズ……耳にピアス、腕や首元にシルバーのアクセサリーを身につけ一見若々しいが、白髪や雰囲気からすると、川井出と同年代で40代後半の年齢だろうか……彼らに「躍動感」は見られない。


 問題のアリスは、二人と対面するソファーに腕と脚を組み、不貞腐れ気味に座っていたが、私の姿を見ると若干表情が和らいだ。


「どうぞ……」


 川井出が着席を促す……二人に頭を下げ、アリスの隣に座った。


 店内の有線放送が「緩い」軽音楽を奏でている。

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