第36話

「舞さん、心配をかけてしまって申し訳ありませんでした。私、やっとわかりました……舞さんや皆に励まされて、共に悩み、理解し、喜び合えるかけがいのない仲間がいて、ひとりじゃないんだって。私、辞めません。もう辞めるなんて言いません……舞さんの気持ち、嬉しかったです。本当にありがとうございました……そして皆もありがとう」


 環を解く様に前に進み出て、万希子さんは私に、メンバー達に深く一礼した。


 爽やかな空気が循環している……。


 微笑ましい景色……。




「マイマイっ……」


 穏やかな気流を乱しながら唯一、環に加わっていなかった葵が血相を変えて走って来る。私の前で止まると、膝頭に両手を突き、乱れた呼吸を整え、ゆっくりと顔を上げて「あの」男を惑わす瞳で私を見る。




「マッ、マイマイっ……やっちゃったんだってぇ?」


 私もメンバー達も固まり、困惑する。


 そう……綺麗な友情物語の結末に隠された真実。


 誰も、私の犯した行為の詳細を知らない……。


 このリラックススペースと「あの」レコーディングルームは、両端同士の位置……故に流花、雪、モカ、モコはルームの惨状を見ずにここに飛び出して来た。詩織、キャロルアン、アリス達も、エレベーターホールが建物の中央を貫いている為、見られている筈はない。もっと言えば、万希子さんの辞める辞めないの話は耳にしたのかもしれないが、私の事は知らない……筈。


 しかし、葵は知っている様だ……。


「マイマイがプロデューサーに逆ギレして、レコーディングルームをメチャクチャにしたって、地下のスタジオで噂になってるよぉ」


 和んでいた空気が萎む。


「えっ…………」


 葵を除くメンバーの躰が、そんな言葉を醸し出して私を見る。


「下じゃぁ大騒ぎだよぅ……プロデューサーの指導にマイマイが難癖つけて、口喧嘩になってキレちゃって、死ね馬鹿プロデューサーとか叫びながら、暴れたってぇ……」


 葵が歪曲されて伝わった物語を語る……半信半疑のメンバー。私は、ただ万希子さんを守ろうとしただけなのに。滑稽な話にちょっと内心笑った。


 しかし「真実」と「嘘」が入り混じった話は、メンバーの盛り上がった気持ちを下げるのには充分な内容。




「マイマイは悪くないよっ」


 一部の真実を知る雪が声を張り、流花も続いた。


「だってあのプロデューサー、万希子さんの替えは幾らでもいるとか、クズ人間とか言ってさ、万希子さんを責めてばっかりだったもん」


 あの現場の嫌な雰囲気を表現する様に、顔をしかめて声を荒げる流花。


「でもさ、葵ッチの言ってた事ってマジなの?」


 妙に冷静なアリスが、流花に問う。

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