第35話
「ごめんなさい……だって詩織は、皆をまとめる立場だから……私、わかっているから……」
「んもぅっ……」
万希子さんの肩にかけた手に、更に力を込める詩織……顔を赤らめ、詩織に応える万希子さん。
「万希子さんの悩みは、私達の悩みなんだから、これからは困った事や悩み事はちゃんと言ってね。わかった?」
「うん……」
可愛らしく頷く万希子さん……。
風が起きた……。
レコーディングルームの重く厚いドアが勢い良く開き、その風圧がここまで届き、私達の髪を揺らす。モカとモコが飛び出し、遅れて流花と雪が続く。
『万希子さん大丈夫……辞めないで』
駆けながらふたりは言うと、モカは万希子さんと詩織の間に、モコは私と万希子さんの間に割って入り、例によって腕を絡め、万希子さんの顔をまじまじと見つめる。
割り込まれた詩織と私は一歩身を退いた。流花と雪も、万希子さんの周りを囲む。
モコとモカの「強行」ぶりにも詩織は手慣れた様子で、リラックススペースに設置されているドリンクサーバーからミルクティーを選択し、啜りながら万希子さん達を遠巻きに微笑ましく眺める。
堂々とかつ、母性的な佇まい……リーダーに相応しい光景だった。
「万希子さん、辞めるなんてあり得ないよ……歌で悩んでいるなら、雪も手伝うから一緒に頑張ろう」
「ダンスの事だったら、私がとことんつき合うから……」
雪と流花がサポートを申し出る。
「じゃあキャロは英語」
「アリスは歌を教えちゃうよ」
万希子さんを囲む環に、仕事を終えたキャロルアンとアリスが加わる。
「英語は関係あるの?」
詩織が突っ込みを入れる。
「関係あるよ、詩織ちゃん……前から万希子さん英語を習得したいって言ってたし……それに、プロデューサーの意味不明な英語の歌詞なんて、訳わかんないもん。あんなのなら、キャロが作詞した方がよっぽど良い詞を書けるよ」
皆……笑った。
「ほらっ、皆こんなにも万希子さんを心配しているんだよ……だから、辞めないよねっ」
詩織が念を押す。
万希子さんの表情はもう、苦悩に支配されてはいなかった。瞳には少し涙が溜まっているが、悲しい涙ではない。
夕日に照らされる涙……水晶とも異なる世界の何処にも存在しない宝石の輝き。
「美しい…………」
またしても、見惚れてしまう……。
希少石なる涙の煌き……辞める理由なんて何もない。この涙こそ、万希子さんの人格であり、個性であり、他のメンバーにはない最大の「武器」なのだ。
その「武器」を拭い、語る万希子さん……。
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