第13話
「どうかしら舞さん、とても効率がいいでしょう。レコーディングから編集作業、各メディアの取材対応、写真やプロモーションビデオの撮影……その他色々、ここから一歩も出ずに完了する。素晴らしいでしょう……まぁ、外に出る時は、彼女達のマンションとの行き来と、恩を売る為にたまにテレビ局に出演するくらいかしら」
コーヒーの香りを楽しみながら、嬉しそうに社長は話す。
けれど……このビルの長所を並べ立て、ただスケジュールをトレースするだけと社長は言うが、9人もの「女」を私がひとりで面倒を見る。
やはり無理だ。重過ぎる。
何が私にとって良い話なのか……。
そっとファイルを閉じ、慎重にテーブルに戻し、心を鎮め、社長を見据えた。
断わろう……。
私の決意を「予想」していた社長は、持っていたカップをテーブルに落胆する様に置き、表情を曇らせ、悲しげな瞳で私を見ると、私を誘った真の理由を語り出した。
「実はね……前のマネージャーが、逃げ出してしまって……」
寂しく呟き、ソファーの座面に手をやり、手と指で肌触りのいい生地をゆっくりと擦る。
「そう、残念だわ……」
社長が言い、話は終わる筈だった……。
しかし本当だろうか……逃げ出したなんて。私は弄ばれているのか……。それが証拠に、悲しかった瞳をもう涼しげなものに変換させ、尚も続ける。
「デビューの時から一緒に頑張ってきたけれど、疲れたのかしら……ひとりひとり、個性があるからいろんな問題もあった。でも、上手くまとめてくれていた……これからいよいよ忙しくなるって時に……プレッシャーになったのかしら……」
私は社長の言葉の真相を吟味していた……そんな私が反応せず黙っていると、低く恨めしい声で社長は最強の「切り札」を出した。
「はぁ……やっぱり駄目ねぇ、男は。耐え切れなくなると逃げ出して…………舞さんも、そう思うでしょう」
「くっ……」
心で呟いた。
社長の言っている「男」とは、逃げたマネージャーではなく、私の心の奥底に封じ込めている「あの男」の存在を見透かしてのものなのか。
まさか……いや、私の考え過ぎだ。社長は逃げたマネージャーの事を言っている……そうに違いない。
「そ、そうですね」
慌てて同調する……あの暗い過去を悟られない為に。
「何を慌てているの舞さん……思い当たる節でもあるのかしら」
「いいえ、別に」
自分を最大限取り繕い言った。
「そう……」
私の取り繕いを、社長は受け入れた。
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