第12話

「焦らすのもどうかと思って、いきなり本題に入った私がいけなかったかしら」


「い、いいえ……」


「どうかしら、舞さんもここへ来て仕事にも、人にも慣れてきたと思うの。だから、ここでもう一段飛躍してみない……ヴィーラヴのチーフマネージャーとして」


 私がチーフマネージャーに……何を言っているのだろう。社長の提案は、私の予想を遥かに超えている。


「あ、あのう……チーフという事は、何人かのマネージャーさん達を私が統括するという……」


「いいえ……彼女達のマネージメントは、舞さんひとりでやってもらうのよ」


 私の戸惑いを遮り、社長の眼と口は鋭さを増した。


「私が、ひとりでですか?」


 ずっと持っていたカップを落としそうになった。


 たったひとりで……とても無理。断わろう……。


「大丈夫よ」


 私が言いかけた時、この「好機」を逃すまいと社長は強く言い、テーブルの隅に置かれていた一冊の分厚いファイルを手に取り、私の前に置いた。


「この会社の概要と、ヴィーラヴメンバーの資料とスケジュールよ。すぐに覚えなくていいから、とりあえず目を通してみて」


「は、はぁ……」


 気の抜けた返事……しまった、断わるタイミングを逸してしまった。


 私が戸惑い、たじろぐ事など、社長はわかっていたのだろう……不安を取り除く一手が、この資料なのか。


 カップを置き、資料を適当にめくる。やる気のなさを演出して。




「えっ……」


 偶然か「誰か」の悪戯か、彼女達のスケジュール管理の項目でピタリと一連の動作が止まる。


「ふふっ、2年半先まで組まれた予定に、不安にでもなったかしら」


 そこで止まるのを確信し、笑顔すら見せる社長が、先手を打ち続ける。


「詳しく読み込めばわかるけれど、彼女達の活動はこのビルの中にある施設で殆ど完結してしまうから、何も心配はいらないのよ」


 一歩も退く気はなさそうだ。


 確かに、ヴィーラヴの活動は既存のアイドルとは異なってはいる。歌番組が少なくなったとはいえ、バラエティ、トーク番組にも全く露出せず、このビルに「閉じ籠り」レコーディング、プロモーションビデオ撮影その他、アイドルという芸能活動を営む為の要素は「ここで」賄え、下界の関与など必要としないのは事実。


 複数のレコーディングブース、あらゆるソーシャルネットワークに対応する最新鋭の設備……テレビ局をも凌駕する撮影スタジオ……。


 故にヴィーラヴは、アイドルに不可欠な「純潔」さを保ち、それは穢される事はない。


 穢れているのは、寧ろ私達……だから人々は、私は、ヴィーラヴを求めるのか……。

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