第14話
その同意は、明らかに私の劣勢にいくばくかの同情が上乗せされた社長の「善意」なのか……。
初めて逢ったあの時よりも若々しく見え、滑る肌艶と太陽の光を吸い込み、怪しく輝く髪と、しなやかな指先に細く締まった足首……。
井上・ペターゼン・
この躰、名前、容姿、卓越した頭脳を駆使してヴィーラヴを生み出し、巨額な利益を得る帝国を築き上げた。
その社長と私「程度」の分際が、同じ土俵で勝負するなどという愚考は、最初から間違っていたのだ。
私の甘い見通し。煮え切らない態度……「あの男」の存在さえもちらつかせ、私の退路を断つ。
器が違い過ぎる……。
情けない……。
悔しい……。
仕方……ない……。
3種の感情が膝に置き、小刻みに震えている両拳に集約されてゆく。
「具合でも悪いのかしら」
いつまでも俯き、何も言わなくなった私を気遣い「しらじらしく」言った。
「いえ、ただ自信がなくて……」
「気持ちはわかるわ。でもね、人生においては必ず何度か大きな決断を下さなければならない時が来る。舞さんの場合は今がそう……その意味では良いタイミングかもしれないわね。だから私はやはり舞さんに彼女達を任せたい。私の願い、受けてもらえるかしら……」
「お話はわかりました。けれど2、3日考えさせて頂けないでしょうか」
私が言った時、獲物を狩る眼と薄笑いを浮かべ、社長は私を罠へと追い込む。
「今ここで決めてもらえないかしら」
「ここで、今ですか?」
冗談じゃない……怒りの感情が支配し声を張り上げた。
あまりに性急で、強引……。
心の混乱をよそに、社長の佇まいはあくまで冷静で、涼しく、勝利を確信している。
どうする?
私はどうしたいのか……。
焦ってはいけない。
私の苦悩を楽しんだ社長は立ち上がり、ガラスウォールへ歩み、窓際で足を止めると、先に広がる景色に目を走らせる。
「ここからの景色を観てしまったら、もう下の世界には正直、戻りづらいわね……」
永い静寂の後、切なく社長は言い「こっちへ」と私を窓際に誘なう。私は手招きに吸い寄せられ窓際に辿り着き、社長の隣で外の世界を眺めた。
「ご覧なさい、人や車があんなに小さくなって……気持ちが良いでしょう」
沢山の人、車が忙しく何かに追い立てられているかの様に米粒よりも小さいサイズで、ちょこまかと動き回る。
「時々、こうして眺めていると、この空間と下の世界との時間の流れが明らかに異なっていると感じるの……下の世界はいつも忙しなく、焦り、恐れ、得体のしれない「何者」かによって急き立てられ、己を見失ってゆく危うい世界」
「一方で、私と舞さんがいるこの空間は静寂に包まれ、優雅に穏やかで豊かな時間が流れていて、何も恐れる事のない高尚で素晴らしい世界……」
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