第3話

 何も言葉が出てこない……。


 しかし、こんなにも感情が表面に現れたのはいつ以来だろう……幼い頃から自分を「表現」するのは苦手だった筈だし、表に出るのも「意味」がないと生きてきた。


 投資会社を設立、経営する父。生活する為の資金や不動産が、私の将来にもわたり心配する必要のない額にまで達していた家庭。何不自由なく贅沢な暮らしが可能な環境。


 しかし、私が生まれて程なく両親は離婚。その理由は今現在に至っても明確な説明はない。


 私は、母の顔や温もりを知らない……。


 離婚後の母の行方は不明。


 親権は父に与えられた。権利は得たが、父は私を「放置」し、仕事に没頭した。それ故の莫大な資産なのだろう。


 ハウスメイド、家庭教師、料理人達が、私の親代わりだった。


 殆ど家に帰らない父。そしてひとり無駄に広いダイニングルームでイタリア製の高級チェアーにぽつんと座り、高級食材を使い、一流の腕を持つ料理人が手がけた料理でさえ、メイドに運ばれ、私の口の中に入った瞬間に味と温かさを失い「冷えた」胃に旅立つ。この単なる栄養補給という「工程」に慣らされ、私の躰から「みずみずしさ」は失われた。


 親らしい行為と思っていたのか、買い与えられた沢山のぬいぐるみや人形だけが、幼い私の精神安定の道具であり、友達であり、家族で理解者だった。


 幼稚舎、小中学校の「楽しい」記憶は……ない。


 私に対するいじめもあったかもしれない……しかし「しれない」としか感じ、認識できない程、この頃の私は「幽体」だった。


 半ば諦めの思いで入った女子校での3年間が、渇いた私を少しだけ潤してくれた。


 その潤いも、大学に進学してすぐに渇いてしまう。


 結局私自身、無意識に望んでいたのかもしれない。ひとりでいたい事を……。


 纏っている雰囲気がそうさせる要因なのか、故に大学において私に取り巻いてくる者達は、私の背後に見え隠れする「カネ」の存在に友情を見いだし、恩恵を得られないと知ると、去ってゆく。


 その繰り返し……。


 私は、ここで何をして、どんな人生を歩みたいのか……「焦り」を感じたのは進学して既に2年が無駄に経過した時だった。


 そこから必死に、時には私の「背景」を投影させ、一緒に講義を受け、食事やちょっとしたショッピングを共にする「友人」を何人かは創り得る事はできた。


 心の何処かで嘘をつき、表層の自分を変えようとして……。


 一歩づつ、自身の道を定める為に……。


 無意味な毎日を貪っている責任は、私自身にあるのだから。よく考えれば、有利な環境に立ち、何もかも恵まれているのだから……と……。

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