第2話

 あの日以来、1年数ヶ月の間「死んでいた」毎日から脱し、ゆっくりと現実の社会と魂を擦り合わせ、関わりを構築してきた。それを基に潤いのある、心豊かな日々を送らなければならない……そうでなければならない。


 あの頃の私に戻ってはいけない……。






「どうしてそんなに考え込んだ表情しているの?」


 有名女子校からエスカレーター式に「何となく」進学した大学の構内で、私は彼に声をかけられた。


 また、いつもの下らないナンパ目的。


「別に意識してこんな顔、している訳じゃありません」


 いつも通り冷たくあしらった。大抵の男はここで退いてゆく。


「じゃあ、君の無意識の中に人を避けたり、自分のエリアに土足で踏み込んで欲しくないっていう思いがあるのかな」


 肩を竦め「どうして?」とでも言いそうな表情で食い下がる。


「…………」


 彼に冷ややかな視線を送り、私はその場を立ち去ろうとした。無言で「拒否」しているのだから、察してという「願い」を込めて。




「気に障ったなら、ごめん……」


 しつこい……人を食った様な言い方。

「無意識」だなんて……きっといつもこんな風に浮ついた言葉を並べ、手当たり次第に女性に声をかけているに違いない。


 既に歩き出した足を止め、呆れた表情と、嫌みが混じった声色で彼に言った。


「随分と哲学的な解釈なんですね」


 振り返り、言い放った瞬間、彼は持っていたカメラで私を「狙い」シャッターを切った。


 してやったり……そんな顔で両手の手のひらを空にかざし、素晴らしい写真が撮れた事に彼は充足感を得ている様に私には見えた……私の写真なんかで……。


「勝手に撮らないで下さいっ」


 なんて人……他人の領域に断りなく侵入し、私の一部を切り撮る。周りを見渡せば、物欲しそうにしている女はいくらでもいるのに。


 何故、私なの……。


「消去して下さい」


 早足で彼との距離を縮める。

「物欲しそうな女」などという言葉が、自分の感情から滲み出るなんて……困惑し苛立ち、声が尖る。


 詰め寄った私にも「まぁまぁ」とたじろぐ事なく彼は丁寧な動作でカメラのモニター画面を私に差し出した。


「僕は写真程、真実が焙り出される媒体は、他にないと思うんだ」


 自信漲る言葉。


 私……紛れもない私。


 何故だろうか……。

 罵声を浴びせようと準備していた思いと、勢いに任せて彼の頬を張ってやろうと神経を研ぎ澄ました右腕。


 それらの行為が全て白紙になってゆく。


「どう、穏やかな表情でしょ」


 確かに「そこに」いる私は、柔和で精錬な女として存在している。

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