1「新世界」
第1話
「アイドルってぇ、トイレに行っちゃいけないしぃ、カレシを作っちゃいけないんですぅ……」
番組司会者の質問に、ちょっと肉づきのいい彼女は「芝居じみた」口調と策略的な目つきで、画面の中から私を挑発する……。
「いやいや……普通にトイレぐらい行くし、男とこっそりつき合うよ……もう昭和のアイドルじゃないんだからさ……」
このアイドルグループで最も物怖じしないメンバーが、まっとうな現実をまっとうな佇まいで語る。
「んもぅ、少しくらい夢見てもいいでしょ……」
肉厚な唇を尖らせ、彼女は頬を膨らませる……これも、戦略的表現なのか……。
他のメンバー、司会者は、ふたりのやり取りを温かい視線で見守り、笑う……。
「私へのあてつけ……?」
私自身を「慰め」もうすぐ到達しようとしていた快の世界を目の前にして彼女達は画面の中に現れ、私の道を塞ぐ……「テレビを消そう」手が周りを探る。だがリモコンはテレビボードの上。しかし、早く心地良い世界に導け……と、躰が言い、マットレスに漂う私を動かそうとはしない。
「ちっ……」
彼女達を妬みながら、私は躰に「従い」快楽行為を継続させる……その間も、弾け、はしゃぎ、笑顔を……稀にしか出演しないテレビ番組で振りまくアイドルグループ……。
彼女らに負けまいと、意地になり速度を速める私の衝動……。
「……っ」
偽りの指先が、私の快楽中枢をようやく臨界に導く。
「はぁ……」
歓びのため息ではない、後ろ向きな感情反射。ただの現実逃避。
また自分を誤魔化す為に安易な快楽に縋り結果、後悔する何も得るもののない切ない行為。彼女達の「介入」により、快楽指数はこれまでになく低い。
「くっ……」
指先に纏わりつく偽りをシーツで拭う。それを嘲笑うかの様に彼女達は、60インチ4K液晶画面の中で存在を煌びやかせる。
「愚か」な私との対比……。
「死ねばいいのに……」
自身の「愚行」を覆い隠す様に吐露する。
しかし、深層の本音は、彼女達の輝きが羨ましくもあり、そして……辛い。
私の想いを上塗りするが如く、時は確実に進んでゆき、トークで見せていた笑顔はもうなく、何処か神々しい出で立ちに変化させ、私に姿を晒す……。
寂しいセット、仄かなライティング。漆黒の背景とのコントラストが美しい空間で彼女達は佇む。
自ら光り輝く存在に、過剰な「装飾」は不用。
最前列に
葵の側にモコ、
葵と雪はパールホワイト、アリスは黒、モコ側の3人は淡いピンク、モカ側の3人はライトブルーが基調の衣装を纏う。私がとても理解し難いデザインと、露出の高い、男性の性的理性を崩壊させる様な悩ましい出で立ちで曲の始まりを待つ。
「好きなのに……切ないの」
軽いタッチのピアノの旋律に、伏せていた葵が「あの瞳」でカメラを見つめ、台詞を乗せた後、雪が続く。
「恋を重ねるのが……苦しいの」
「だから……素直になるわ」
「いつまでも、一緒にいたいから……」
再び葵が語り、雪が気持ちを空間に滑らせる。
スッと、葵と雪の間を切り裂き、後ろに控えていたアリスが進み出て、悲しげな表情と潤んだ瞳で私を見つめながら、最後の台詞を切なく決める。
「好きなんかじゃない…………愛してる」
照明の光量が輝きを増して、ミディアムテンポのリズムと悲しいメロディラインが交差し、織り重なってゆく。
複雑なフォーメーションのダンスを舞い、妖艶で美しくも、しかしちょっと触れただけで崩壊しそうな危ういバランスによって紡ぎ出される煌めく世界を、人々は待ちわび「夢物語」に陶酔する。
私は……どうなの。
「はぁ……」
これが私の日常なのだ。華々しく輝いている彼女達に感化される事もなく、まして、心を燃やす出来事もなく、ただ毎日を事務的にこなし、やり過ごす日々。
理解はしている。今、画面の中で華やかな世界を演出している彼女達の活動に少なからず、私も関わっているという現実を。
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