第3話 セミの声が大人しくなった日(ルックアウト)

 愚痴ばかり言って、自分の仕事の質は大して高くもないパートのオバチャンの声を思い出しながら、キーボードを叩く夜中。大して面白くもないことや腹の立つこと、自分の失敗なんかはいくらでも思い出せるし、勝手に脳裏をよぎっていく。だというのに、可愛い大学生のバイトの子がどんな顔だったかとか、その日に起きた面白いことは思い出せない。なかなか勝手の悪い脳を持ち歩いているなと悲しいながらに解決法を考えるも、誰かと脳を交換することが出来る訳でも無し。仕方なく諦める。

 いつもはわかばを吸っているのだが、今日は手巻き煙草のルックアウトという銘柄に火を点けた。もともと凝り性なのが災いか幸いとなって、結局葉巻・パイプ・キセル・手巻き煙草・嗅ぎタバコ・シーシャととにかくすべて一巡してしまった。その中から、今日は偶然ルックアウトが選ばれたわけだが、やはり副流煙がいい。初めて包装を開け、その匂いを嗅いだときは

「なんじゃこの鰹節みたいなスメルは???」

 となったのだが、吸ってみると口の中では若干燻製のような香りと酸味、そして奥に隠れた甘味の順で口の中に広がり、副流煙は朝のコーヒーの香りに合いそうな、新しい木材に似た香りが広がる。

 メイドインジャパンのコンビニ煙草は格安系の値段をしたもの以外、その匂いが嫌いで吸う事は出来ないものの、外国産の煙草や、製品として購入してもそのまま吸う事が出来ない形態の煙草は、いわゆる「タバコ臭さ」を出すことはほぼ無い。

 大丈夫、ちゃんと冒頭の話に繋がる。

 つまり、手巻き煙草として売られ、手巻き煙草として自分が選んだフィルターや巻き紙、そして葉を合わせてつくり上げたものはオリジナリティが多少なりともそこに存在することになる。つまり、わざわざ比較する必要は無く、その時の一本として楽しめばいいわけだ。

 一方、既成品としてよく売られているタイプの煙草は、もはや自分ではどうしようもない領域でクオリティやらなんやらを決められているわけだ。比較され、コストと売り上げの両ばさみにされ、もはや身動きを取ることは許されない。

 もし、冒頭のオバチャンも、そんな感じの、自分ではどうしようもない圧力をかけられていて、それでもはや見下し続けるしか、生きていくことのできない人間として「製造」されてしまっていたのなら、それはむしろ、腹立たしく感じるよりも、哀れに思う事の方が大事な思いなのではないだろうか。

 他方、最初はなんだか変に思える相手でも、偶然付き合ってみれば、知っていくほどにその人の新しい面白さを知り、(もともと人間性が傾いているからこその)使い道や適所を思いつく場合もある。

 ただし、他人に愚痴を漏らすような人間は論外だが。他人を具体的におとしめるのは嘘をつく事(自分を貶める事)よりも重罪であり、そんな人間と関わりを持ちたいとは決して思えなくなる。

 仕事である以上、接しなくてはならない機会は残念ながら存在する。今日までもそうだったが、明日からもシステマチックに、事務的な対応しかとらないロボットとして、彼女には触れていく。私は聖職者ではないため、哀れなものにほどこす心の余裕など持っていないのだ。

 自分の事ですら、精いっぱいだというのに、一体どこに、好きでもない相手を癒そうという心持ちが、生まれるのだろうか。

 好ましい相手ならば、時として片手を貸そう。しかし、自分から嫌われたがっている人間に差し伸べる手など、持っていない。私の腕は、残念ながら2本だ。


 足を突き出していい頃合いになれば、その時は呼んでくれるといい。一度とは言わず、満足するまで提供させて頂こう。


 この季節になると何故か涼宮ハルヒのエンドレスエイトかCLANNADを観たくなる、8月10日の深夜

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