第3話

「何か気になるもんでもあるか?見せることぐらいはできるが」

 男がそういうので私は一つ、指をさす。

「これ綺麗」

 私の指さす先は所望ランプと呼ばれるものであった。ただ、これにはまるで花を咲かせるような絵が彫られていた。花の中心が光るように細工されていたのだ。


「これか?これの名前はたしか太陽の花だったはず。これのもとになった花が向日葵なんだが、この花は太陽にずっと顔を向けているからこのランプを持っていればいつか必ず太陽のもとにたどり着けるとかいう意味を込められた作品だ」

 形としては根と茎が土台としてなっており、花弁の中心が光り、ツタが上に伸び持ち手になっている。花弁一枚一枚細かく彫られている。

 どれだけの作業が必要になるか私にはわかるはずもないが。とてつもない苦労が込められていることはわかる。何せ大きさが一升瓶よりも小さいのだ。

「これも売っちゃうの?」

「ああ、商品だからな。売らないと俺が困る。こいつだっていつまでも俺のところにいるよりかどこかに行って使われるほうがいいだろ」


「このランプはそんなこと思ってないよ。ここにいてあんたに使われたいと思ってる」

 振り向きざまに男に告げる。男は驚いたような呆れたような顔をしている。


「おまえ、何でそんなことがわかる。そのランプの気持ちがわかるってのか?」

 私は当たり前とでもいう風に答える。

「わかるよ。言葉として理解はできてないけど。感情がこのランプから伝わってくるもん。太陽の花はあんたに使われたがってる」

 男は考えるそぶりを見せる。しばらくお互いに黙っていると男が別のモノを私に見せる。


「これの気持ちはわかるか」

 男の顔は真剣だ。なら私も真面目に答えよう。

 見せてきたものは剣だ。鍔が丸く指を守るように伸びている。刃の部分は細く長い。斬るというよりも刺すことをメインにした剣、レイピアのようだ。水をイメージして作られたようだ。

「次の使い手はそろそろだって言ってる。けど、もし間違った人に渡るとすぐに折れちゃうみたい」

「そういってるのか?感じるだけじゃないのか」

 誤解しているみたいなので訂正する。

「うん、感じてるだけだよ。言葉にしているのはわたし。こう言ってるんだろうなって考えて言葉にしてる」


 男は出会った時のように笑い出した。以前よりも長く笑う。耐えられなくなり私は聞く。

「どうして笑ってるの。何か変なことでもいった?今みたいなことを言うとみんなおかしなものでも見るようにわたしを見てくる。あんたもそうなの?」

 笑いを堪えながら男は私をなだめるように言う。

「いや、別におかしなことでもないさ。世の中には他人から見たら変人なんて雲ほどいる。お前にはそう見えてんならそれがお前の普通だ。別におかしくもなんともない。しかし、俺はいいもんを拾った。代金は余ったパン一つだ」

 男はすごく喜んでいる。何がよかったのだろう。私はいつもモノの感情を聞いてきたからわからない。


「よし!お前を絶対に俺の弟子にしてやる。つってもお前はなりたくてここに来たもんな。なら逃げんじゃねえぞ。というか絶対にがさねぇ。俺も行商人として頑張ってきたからな。そろそろ潮時だ」

 ふと疑問に思って男に質問をする。

「あんた歳いくつ」

「32だ。14の時から師匠について行商人をやっている。もう体力がな」

「ふーん」

 実際の歳よりもずいぶん若く見える。大体20半ばだと思っていた。町の人間からしたらこの男も相当綺麗な部類になるだろう。商人は綺麗なほうが得をするって孤児院で聞いた気がする。いや、これは売り子だったか。


「まあ、俺のことはどうでもいいんだ。お前の名前を聞いてなかったな。名前、なんて言うんだ」

「わたしに名前はない。孤児院でつけられたのがあるけど好きじゃない。元の名前も嫌い」

「そうか、なら俺が新しく商人としての名前を付けてやる。それと、前の2つの名前、嫌いでも忘れるなよ。いつか役に立つ時が来るかもしれないからな。新しい名前は考えておくから、お前は服でも買ってこい。いつまでもそんなぶかぶかな服を着てる必要もないからな」


 男はそういうと私に銅貨ではないものを数枚渡してくる。もしかするとこれが銀貨というものだろうか。これも綺麗なものだ。

「宿のヤツに1枚渡してついてもらってこい。街の不良は街の住人に基本手を出さない。護衛みたいなものだ。ついでに服を一緒に選んでもらえ。あと松葉杖持っていけ。歩きにくいんだろう」

 男は言うだけ言って机に向かう。紙と羽ペン、インク壷を取り出しおそらく私の名前を考えている。私は松葉杖を携えその後ろを通り部屋を出、廊下に出る。右手側はいくつかの扉があった後突き当り。左手には角があり、その先には階段があった。

 下に降りると先ほど通った場所で食事処らしい、現に数人食事をしている。私は周りを見渡し、先ほどお湯を持ってきた人に話しかける。


「あの、少しいいですか」

 これでも孤児院にはちょっとだけいたので。言葉遣いは多少いける。

「ああ大丈夫だよ。どうしたの?」

 女の人は少しかがんで私の目線に合わせる。私の身長は同世代としては平均的なのだがこの人は大人としては少し高めだ。

 栗色の髪をしていて腰まで伸びており、少し波打っている。髪が長いのは裕福という証だろう。この宿はそれだけ繁盛しているということだ。目は濃い目の茶色だ。

 私は男に言われたように伝える。銀貨は片手の本数分ある。一つだけ取り出し女の人に渡す。

 受け取りながら銀貨にも目もむけず話し出す。


「ああ、あの人が連れてきた子か。にしても見違えるね。さっきはあんなに小汚かったのに今はこんなに綺麗。あ、気分悪くしちゃった?ごめんね、私言いたいことはすぐ言っちゃうから。それで、服を買いに行きたいのね?ちょっと待ってて」

 女の人は奥に向かって一言二言伝えると戻ってきた。

「さあ、行こうか。私の名前はミア・クラウス、ミアってよんで。あなたの名前はなんていうの?」

「今あいつが考えてる。帰ってくるぐらいには多分できてると思う」


 ミアは勢いよく振り返りあの男が休んでいるらしい部屋をにらみつける。

「あいつには帰ってきたら一発殴ってやる。さ、あいつには気にせず服を買いに行こうか」

 私は手を引かれ宿から離れていく。この無駄に元気なミアに連れられたらどんなことになるか想像がつかないが。とても疲れるということはわかる。

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