第2話

「ではまず、行商人とは何かのお勉強だ」


 目の前の男はそう言った。

 私はあの後、この男の後を付いていき今住んでいる宿に連れられた。その間、あの路地からいなくなった孤児の数人は私のように後を付いて行ったのだろうかと考えていた。

 宿の人には普段と何も変わらないような態度で接していたが、何かひどいものを見るような目で私を見ていた。男はそれに気が付いたようで私に謝る。


「そういえば、お前最後に体を洗ったのはいつだ」

「一昨日が最後」

 私がそう答えると、男は宿の人に言伝を頼んでいた。

「そうか、おい。後で部屋にお湯を持ってきてくれ。桶3杯分だ」

「わかりました。部屋番は?」

「205だ」

 それだけ聞くと宿の人は下がっていった。そのあと、ほかの人が出てきて宿に泊まってる人に何かを聞いて回っている。


「あの人は何しに行ったの?」

「お湯を沸かしに行ったんだよ。後から出てきたやつは、他にもお湯が必要な奴がいねぇか聞いてるところだ。お湯を沸かすのには人が何人か必要だ。運ぶのもな。だから面倒ごとを一回で済むようにしている。今聞いている理由は、最初の薪が高いからお湯を頼んでこなかったヤツが頼んでくる可能性が出てくる。人数がとられるが、いい小遣い稼ぎにはなるみたいだな」


 宿の人ではないのに詳しく知っていた。いろんなことを知っている男なのだと思ったが、後から付け加えられた言葉でその思いはすぐに捨てた。

「全部想像だがな!」

 笑って言った。


 部屋に付いた後、しばらくしてお湯が持ってこられた。まずは2杯、後からもう1杯持ってくるそうだ。男は銅貨を数枚払っていた。宿の人が部屋から出て行ったあと男はこう切り出す。

「おまえ、服を脱げ」

 私は思わず、


「変態」


 という。

「変態とはなんだ。その汚い体を綺麗にしてやろうってのに。売れ残りの石鹸だってあるぞ。すぐにきれいになる」

「自分で洗うからあっち向いて。いや、その綺麗になるって言う石鹸の使い方を教えてからあっち向け」

 私は口早に言って、男は説明をした後に男の服を取り出し私に渡した後後ろを向く。

「この服に着替えろ。お前の服はもう駄目だからな、後で捨てる。俺の服を紐で工夫して着ておけ。俺はベット向こうで商品の整理をしてるから、何かあれば言え。あと、お湯は1杯目で大まかに汚れを落として、2杯目で隅々まで洗え」


 指示が細かかった。この男は何なのだろうか。私の親か。そんなことを考えながら体を洗っていく。石鹸とやらは最初、全然泡立たなかったが使っているうちに泡立ち始めた。すると私にこびりついていた汚れが落ちていく。重い荷物を下ろした時のような感覚を覚えたが、そんなものは感覚だけだ。だが、汚れは確実に落ちていた。なにせ、透明だったお湯がすごく濁っていたからだ。

 1杯目はもうこれ以上駄目だと思い。2杯目で頭や手足の隅々まで洗う。お湯はやはり黒くなっていくが、逆に私の体は綺麗になっていく。今まではくすんだ茶色のような髪型も、今では綺麗な赤を見出していた。

 服は男からもらったのを所々紐で結び着ていく。私からするとこの男の服はとてもでかい。紐なしで着ていたらとてもじゃないが着ることはできないだろう。

 終わった後、お湯をどうすればいいのか男に聞いた。


「洗い終わったが、このお湯はどうすればいい。よく、窓から捨てているのを見るが同じようにすればいいのか?」

 男は振り返りながら答える。

「ああ、お湯はそうだ。だがお前には持てないだろうから俺がやるってうあぁあ!?なんだそれは!」

「なんだとはなんだ。別に変なところなんてないだろう」

 私は自分の体を見て言うが、男は震えていた。そしてそのままの状態でしゃべりだす。

「すっげぇ綺麗な髪だな!今までそんなの見たこともねえ。赤か?いや少し濃いめだから紅か?にしても綺麗になったなあ。見間違えるぞそれは。お湯だったな、今捨てるから見とけ」


 男は、少し冷めたお湯をもって窓に近づく。窓をのぞき込み、下と上を見たあと、お湯を下に捨てる。

「なぜいま上と下を見ていたんだ?」

 私は少し気になり男に聞く。

「下を見た理由は道に人が通ってないかどうかの確認だ。もし人が通っていてお湯をかけてしまったら、面倒なことになるからな。上を見たのはほかにも今お湯を捨てるヤツがいるかもしれないからな。気を付けることだ」

 そのとき丁度部屋がノックされ、女の人の声が聞こえる。次のお湯を持ってきたのだろうか?男は中身のない桶をもって扉に向かう。


「今開けるから待ってくれ」

 扉を開けた正面にいた女性は先ほど下で私を見ていた人だった。そして、部屋を見渡し私に気が付いたようだ。何か驚いたような顔をして小声で男と話し出す。小声のため私には何を言っているかわからないが、男が笑っているので悪い話ではないだろう。

 手持無沙汰なので、男が整理していたらしい荷物に目を向ける。もしかしたら、あいつが持っていた煙管みたいに綺麗なものがあるかもしれないからだ。普通はそんなもの無造作に置かないものだが、この男はそんなこと気にしている風には見えなかった。

 熱心に荷物を見ていた私は後ろに立つ男に気が付かず、男の微笑ましい笑顔にも気が付かなかった。

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