夕凪

@zatto150

第1話

夕方が、また大声を上げている。


夜が始まる前の一際鮮やかなユウグレには、空から大きな音が響いてくる。 遠くからサイレンのように低く響いてくるその音は、しかし不思議と恐ろしさは感じさせず、その日一日の安寧を伝えてくれてようだとさえ思わせてくる。

誰が言い始めたわけでもないのが、この音が鳴り始めた時には、人々は遊びも仕事切り上げて、家に帰ることになっている。

どこの国でも変わらないそのしきたりに倣って、私たちも公園での遊びを切り上げて帰路についていた。


「地球が悲鳴をあげているんだよ」

一昨日12歳になったばかりの正太郎が、私の隣でまたそんなことを言っている。

「でも空から聞こえくるんだから、太陽が、とは考えないの?」

「太陽なんかが地球とぶつかる事を怖がるわけないじゃん。あっという間に僕らを燃やし尽くして、それでおしまいさ。あいつはなんにも思っちゃいないよ」

そうなのかな、でもそうなんだろうな。私たちだって気づかないうちにアリとか、小さな命を踏み殺しているのだろうけれど、その度にいちいち叫んだりなんかしていないな。

「ちっぽけな僕らは一体何をしでかして太陽様を怒らせてしまったんだろうね。」

彼のこの演技くさい喋り方は、終わりについての話になると表れてくる。シニシズムを履き違えたような彼のこの態度は、やはりどうしても鼻に付くものがある。ムッとした気持ちを抑え、それでも冷静に語りかける。

「でも、少なくとも私たちは苦しい終わり方を迎えないですみそうなんだから、それは安心なんじゃない?」

「わからないよ、またいつ大変動が起きるのかも知れないのに。たった一回で数百年分も接近するんだ。周期こそあれど、不規則な事態なんて十分に起こりうるものなんだから。それに、私たちは、なんて考え方は少し傲慢だと思うよ。」

ああ、なんでこの子はこんなにも不安を煽るようなことを言うのだろう。そんなことはみんな分かっている。でもどうしようもないことのに。かしこぶって冷笑的な態度を取る彼のそんなところが、私は嫌いだ。

腹を立てて黙っていたら気まづく感じたのだろう、彼がまたお決まりのセリフを言ってきた。

「杏果またその服着てるのか。そんな目立つ青色、景色とチグハグだからやめた方がいいって言ってるだろ」

「いいじゃない空色。私たちが知らない空の色。こんな鮮やかな青がこの空を覆っていたなんて、いまだに信じられないな。」

「僕たちにとっちゃ、空の色はユウグレの赤か夜の黒だからな。写真や映像で昔の青の空を見てみても、やっぱり変にしか思えないよ…つまりだね」

「わかってるよ、そんな色の服を着てることも変だって言いたいんでしょ。でもいいじゃない、私は好きなの、この色の、このワンピースが。」

だって、本当の空を着ている気がするから。

そこまで言ってあげたことは、一度もない。

私だけの、大切な気持ちだ。

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